思わず勢い良く踏み込んだ。驚いた、心底驚いた顔の姫宮様と侍女長――――――しか居ない。
そんな筈が無い。だってたった今迄聞こえていた声は、…………低い、男性の声だったのに。
侍女長の顔を暫く見て――――――彼女の声は聞こえていた、ならば――――――、姫宮様の方へと視線を向ける。
驚愕の表情のまま、凍りついたように僕を呆然と見る彼女を見て、
「退出を」
「、」
「侍女長。退出を」
姫宮様を庇うような形で彼女の前に立ちふさがった侍女長に、重ねて促した
「殿、下」
「退出を、と。そう命じているのですが」
蒼白な表情の彼女らを一瞥し、侍女長に向かってドアを指し示した。
「王太子妃に伺いたい事があります。貴女は下がりなさい」
青ざめた顔の侍女長を、無理に下がらせた。
残されたのは、震えている姫宮様と、僕。
「まさか、貴方は…………」
「…………、」
怯えた目で後退るその人に、―――――――怖がっていることは分かってはいたけど、止められなかった。疑念を通り越してそれは最早確信めいたものだった。僕はそれが正しいと証明する義務があるし、権利もあった。
態と部屋の真ん中からベッドの脇に行くように追い詰めて、そして丁度良いと思ったところで押し倒した。
ボスッ
「っ!!」
細身の身体は、簡単にベッドの上へ倒れ込む。僕の意図を悟ったんだろう、死に物狂いで暴れ始めた相手を力ずくで組み敷く。
そして薄いレース作りの胸元に手を差し込んで、一気に引き裂いた。
―――――――ビリビリビリッ!
絹の裂ける音。
そして露になったその人の胸は、…………予想通り平らな、明らかに同性のものだった。
「…………、そういう、事ですか」
沈黙が支配する部屋の中で、僕はぽつりと呟いた。
「貴方は、男の人なんですね」
確かにこれなら全てが繋がる。
おかしな結婚の条件。早々に出された側室候補のリスト。喉が弱くて喋れないというのも、全て。
一つに繋がる。
全て、彼女が、いや、彼が、男だったから。
閨に入れないのは男と知れるから。結婚早々に側室候補を挙げたのは、絶対に子を遺せないと知っているから。――――――喋れないというのは、声でバレる事を怖れてなんだろう。
「…………師匠は、この事を知ってるんですか?」
だとしたら、此処の全員に僕は担がれたことになる。流石にそれは悲しいものがある。
「…………、」
一瞬の間を置いて、彼は首を横に振った。
…………と、なると。尚更大問題だ。
姫と偽って男が輿入れしてきたなど、間違いなく国際問題だ。東の国の意図を疑う。侮辱だとも言えるだろう。こちらが用意したのは次期王妃の座なのだから。
そして今更東の国に抗議をする訳にも行かない。婚儀直後の初夜にならまだしも、既に半年以上経っている。それまで何をしていた、と言われてしまえば答えられない。暗殺と替え玉を疑う声だって上がるだろう。―――――――曰く、本物の姫を殺し、替え玉として似た顔の男を据えて難癖をつけた―――――――と。
「どういう事ですか?」
難しい顔のまま、僕は彼に訊いた。
「貴方達は、どういった意図で、男性である貴方をこの国に嫁がせたんですか?」
「―――――――、」
若干声が低くなったのは自分でも分かっていた。
その脅しに、彼は呟いた。その声は、先程聞いた、確かに男性のものだ。
「…………もし、内密に処理してくれるつもりがあるならば。包み隠さず、一切を白状する」
「内密にしないと言ったら?」
「…………このまま此処で舌を噛んで死ぬ」
…………。
中々な脅しだ。
「…………いいでしょう。取り敢えずは、僕のこの胸の中に仕舞っておくことを誓いましょう」
僕は、彼の上からどいて、そして彼に手を差し出し、その身体を起こす手伝いをした。
彼は起き上がると、ベッドの上で正座した。
「…………」
「教えてください。全てを」
僕がそう言うと、彼は静かに目を閉じた。
「まず誤解があるようだから最初に断っておく。我が国の帝は、断じて、この国に対し非礼を意図してこの縁談を仕組んだ訳ではない」
「…………」
「何故なら。―――――――俺はあの国の中で、間違いなく皇女として遇されていたからだ」
「…………待って下さい、可笑しいじゃないですか。何故男性の貴方が皇女なんですか?」
淡々と話す彼の言葉を慌てて遮った。
皇女は王女と同義。ならば、男性ならば王子と同義の皇子であるはずだ。
「―――――――長くなるぞ?」
「構いませんよ。全てが分からなければ、今後打つ手も選べません」
「…………なら続ける。―――――――俺が皇后所生でない事は、既に知っていると聞いたが」
漆黒の瞳が、再度開いた。
覚悟を決めたようなその色に、瞬間ぞくり、と背中が粟立つ。
「俺の母は皇后様付き女官、身分卑しいとまではいかなくとも只の下級貴族の娘に過ぎん。母は更衣として…………ああ、こちらの言葉で言えば侍女か…………皇后様に仕えている時に、帝のお目に留まり俺を身ごもった。―――――――が、」
彼は、そこで一度、言葉を切って先を探すように息を止めて、吐いた。
「当代の皇后様は嫉妬深いお方。嫡子たる東宮は勿論皇后様所生の長子だが、何人かいた、別の側室所生の皇子は全て皇后様の手の者によって産まれて数日の内に殺されている」
「東宮のお身と地位を守る為に?」
「…………ああ」
…………ありがちな話だ。
こっちでも珍しい事ではない。
正妃が愛人の子を殺したり、場合によってはその逆だってある。
後宮なんて何処も煌びやかな反面ちょっと皮を剥げばそんなものだ。その点その手の問題とは無縁の此処の後宮は、それだけ師匠が上手くやってるって事なんだろうか。もしかしたら師匠が子を残さないのはその為なのかも知れない。
「…………皇位継承権の高い皇子は皆そのようにして殺されたが、一方で皇女にはその手は及ばなかった。何故なら、我が国では皇女の皇位継承順位は低い。側室所生の皇子の方が皇后様所生の皇女よりも高くなるほどに。側室が何人皇女を産もうと、東宮の御身や地位を揺るがすには至らない。それに、皇女の数が多ければ多い程、将来東宮の御代になった時に有力な貴族に嫁がせ婚姻関係を結ぶ為の駒として扱える。そういうお考えだと、聞いている」
「…………」
「そんな時だ。母が、俺の存在に気付いたのは。勿論母は皇后様付きの女官、お人なりと、やってきた事を知っている。思っただろうな、子供が女児であればいい、だけど男児であったなら―――――――」
「生かせてはもらえない…………」
僕が語尾を重ねると、彼は頷いた。
「俺を身ごもり、側室としての地位を与えられ皇后様付きの職を解かれた後も母は常に皇后様の影を感じていたそうだ。そして何度と無く祈ったとも。―――――――産まれる子が、女であるようにと」
「…………」
「だが、期待と祈りに反して俺は男だった」
―――――――その瞬間の、母君の衝撃をうっすらと察して僕は思わず視線を伏せた。
「外で誕生の報を待つ人々の声に急かされながら、母は産婆に泣き付いたそうだ。どうか、産まれた子は女であったと言って欲しいと」
「…………」
「産婆も勿論男であった俺が、数日も立てば物言わぬ死体になるのは知っていただろうな。…………母を哀れに思い、産まれた子は皇女であったと、そう、発表した」
「そんな、無茶を…………」
知られれば産婆の人とて無事では済まないだろうに…………。
それだけの覚悟と、悲痛な決意でやったのだろう。
生まれたばかりの小さな命を、無碍にされないようにと。
「元々俺が生まれたのは帝の気紛れ。一度切りで他に帝のお通いも無く、確かな後ろ盾もない俺と母は内裏の外に屋敷一つを賜り、其処で暮らしていた。訪ねて来る人間もいなかったから、俺はこの歳になっても男と知られる事も無く――――――そして、」
彼は目を曇らせながら僕を見た。
「此処の国王陛下の求めに応じ、帝は俺を此処に嫁がせた――――――」
「…………」
「帝はご存じ無い、俺が娘と信じてなさった事。帝に非礼の意図は無い。…………信じてくれ」
そう言いながら、彼は手を前について、僕の前で、まるで奴隷が主人にするかのように頭を垂れた。
「ちょ、待ってください、何を」
「――――――俺の輿入れに伴い此処に来た侍女達も、何も知らない。全ては俺と、俺の母の仕組んだ事。どうか咎めるのは、俺のみに」
「そんな、顔を上げてください」
「…………非礼であり、無礼であったとは百も承知の上。貴公にしてみれば、男が妻の座にいたなど屈辱の極みだろう。――――――だが、どうか、…………内密に処理欲しい…………。国に知られれば、母とて許される筈も無い」
…………そうだ。
此処への無礼非礼の前に、彼と、彼の母君には罰が下されるのだろう。帝に偽った罪として。
そしてそれは恐らくは極刑。…………死罪。
「…………外への言い分ならば、慣れぬ土地で体を壊したとでも幾らでも弁解がつくだろう、流行病だったといえば死骸の引渡しも求められはしない。その後新しく妻を迎えても、貴公はお子を残す義務がある御身。誰も、東も、何ら言う事はないだろう。此処で死罪に処されるのに抗いはしない、一切の弁解もしない。だから、どうか…………、頼む…………」
「――――――!」
殺されてもいいから、と。
そこでようやく彼の意図に気付いて、僕は言葉を失った。
――――――喜んで殺されるから、此処にきた侍女への咎めを与える事と、東の国に抗議する事だけはやめて欲しいと、彼はそう言いたいのだ!!
「顔を、上げてください」
「――――――、」
「お願いです、顔を上げてください」
重ねて促すと、ゆっくり彼が顔を上げた。
酷く痛ましい、悲痛な覚悟を滲ませた眼差しに胸が痛くなる。
――――――輿入れを命じられて、きっと、ずっとこうなる事を覚悟して、いた?
「落ち着いてください、…………僕は貴方を殺さない。殺したりなんかしない。…………師匠にも誰にも言わないし、貴方の国にも連絡しようとは思わないし、貴方の侍女に罰を与えるつもりも無い。だから、落ち着いて…………」
奇しくも僕の言葉は、最初の夜と同じだった。だけど結局最初の夜の言葉は裏切ってしまった。
「何もしませんから…………だから、怯えないで」
「…………」
きゅ、と彼が目を閉じて、僕はそっと彼の躰を抱き締めた。
華奢な体は、酷く冷たかった。顔にも血の気が無い。
「…………ごめんなさい、怖い思いをさせてしまいましたよね。ごめんなさい。乱暴な真似も、しました」
胸はまだ破れ露になったまま。
ベッドの上にあったショールを彼の肩に掛けて、肌が見えないようにした。
「――――――宮様。代わりと言っては何ですが、一つだけ、お願いしてもいいですか?」
「…………?」
「僕と、本当の夫婦になってくれませんか…………?」