ざぁぁぁぁぁっ


 勢いを最強にしたシャワーの音がやけに大きく聞こえる。
 それはきっと僕の後ろめたさがそう感じさせているんだろう。

「…………最低だ…………」

 熱いお湯を頭から被りながら、僕はたった今自分自身が吐き出した掌の上の欲望の残骸を洗い流した。
 消えてしまいたい。
 本当に、そう思う。

 こんな、こんな穢い事ばかり考える自分にあの人の傍に居る権利なんか無いのに。

「どうして、こんな、」

 …………こんな事に、なったんだろう。








 僕には師と呼べる人が二人居る。
 一人はクロス・マリアン元帥。
 僕の命の恩人である、最初の師。
 僕は二年ほど前までお世話になっていた。
 …………今の師は、別の人だ。

「おい、モヤシ! 何をぼーっとしてやがる!!」
「は、はい!!」

 鋭い声にはっ、と我に返った。AKUMAを前にして意識を他に飛ばすなど、あってはならない失態だ!


 ざんっ!


 僕が発動させた左手でAKUMAを一体倒す間に、僕の師匠――――――僕は「元帥」と呼んでいる――――――はとても軽い身のこなしで、数体を切り捨てていく。 
 その鮮やかさと、早いばかりではなく何処か優美なものすら感じさせる動きに叱責されたばかりだというのにまた目で追いかける自分がいて、ああこれはもう本当に救えないな、と自嘲した。
 黒い刃と黒い髪が軌跡を描く。――――――見惚れている時間なんて、無い。

 そして、レベル1のみしかいなかったそのAKUMAの集団はあっという間に元帥によって鎮圧された。


 ひゅんっ、


 軽い音を立てて元帥が刃を振るい、付着したオイルを飛ばして発動を解除した。黒かった刃が白くなる。

「おい、何をぼーっとしてやがった」
「…………」

 僕の師匠、神田元帥はそう言って僕を見た。睨まれているような気分だが元々目つきが悪いからこれは普通だ。

「…………すいません」
「謝れっつってんじゃねぇ。訊いてるんだ」

 腕を組んだ元帥の目は偽りなど許さないといわんばかりの強さで、僕は眼をそらした。
 言えない。言える訳が無い。
 貴方に見惚れてました、だなんて。

「…………」

 僕が黙り続けていると、諦めたように元帥は溜息をついた。

「…………戻るぞ」 

 そう言って踵を返した元帥に、僕は置いていかれないよう慌てて走ってついていった。 
 
 



 今日の宿は街の小さなB&B。
 いつものように元帥は一室取り(それは僕がまだ見習いエクソシストであり、一人にしておけないからという理由からだ)、さっさと部屋に向かった。
 …………前の師…………僕は師匠と呼んでいたクロス元帥は派手な人であり街に着くなり女の人の所へ…………それも妖しげな娼館、売春宿の類へ平気で向かった。けれど元帥はそんな事も無く、僕の知る限り女性に誘われてもそれに応じた姿は一度も見た事が無い。
 部屋に戻って本部に報告を済ませると、お風呂や食事、そして愛用のイノセンス「六幻」の手入れをし、そのまま寝てしまう。なんとも健康的な人だ。
 此処に来る前に既に食事は済ませてある。
 部屋に入るなり元帥は長い、そして金の飾りの付いたコートを片方のベッドに放った。…………長くて禁欲的なコートの割には下はやたらぴっちりしたインナー一枚だから僕は目のやり場に困って視線をそらした。
 
「おい」
「っ、はい!」

 突然声を掛けられて僕は飛び上がらんばかりにして返事した。振り向いていた元帥が訝しげな顔で、しかし追求はしないで続けた。

「風呂入ってくる。何かあったらすぐ呼べ」
「分かりました」

 そう言いながら元帥は荷物の中から着替えを取り出すと、片手で其れを持ってお風呂場に入った。直ぐにシャワーの音が聞こえ始めて、僕は嫌でも駄目な妄想をしてしまう。

 尊敬していた。
 だって当然だ。
 教団史上最年少で元帥に昇格し、任務がイノセンス回収から適合者の探索に変わっても尚数多くの戦功を上げ続ける人。憧れない訳が無い。
 勿論師匠の事だって敬愛していたけれど、それ以上に元帥には、その強さに憧憬の念を抱いていた。
 そう、そのはずだった、のに。
 いつの間にか、――――――僕が元帥を見て想う事が、変質してしまって。
 ずっと頼りがいのある、強い人だと憧れていた。
 それが何時の間にか、綺麗な人だと想うようになった。

 抱き締めたい。抱き締めて、それで、キスをして――――――…………

「…………どう考えても変態だし…………」

 僕は其処まで考えて自分自身に呆れて項垂れた。
 まさか元帥は自分の弟子がこんな下らない劣情の持ち主とは夢にも思ってないだろう。
 …………知られたら、どうなるか。
 背筋に冷たいものが走った。
 嫌われるのは怖い。捨てられるのも。
 絶対に、絶対に知られてはいけない。
 そんな事になったら生きていけない。

 
 ザァァァァァッ、


 薄いドア一枚隔てて聞こえる音を、聞こえないように僕は耳を手で覆った。
 意識しないようにしても、どうしても考えてしまう。
 あの細くて白い裸体に水が絡んでは落ちる様を。
 …………本当に自分の穢さには呆れて涙が出る。

 だけど、ああ、――――――貴方に触れたい。触れたくて、しょうがない…………。







 アレン×神田トップへ
 小説頁へ