『やぁ、神田君。調子はどうだい?』
「…………」
朝早くの本部からの通信。
取ってみれば相手は予想通りだった。
「…………問題ねぇ」
『アレン君の様子は?』
「あいつは、」
一瞬、その先を迷った。
「…………知ってんだろ。とっくの昔に、一人立ち出来るレベルだ。何時までこんなつまらねぇ事させておくつもりだ」
モヤシ…………アレン・ウォーカーは、元々クロス・マリアン元帥の弟子だ。
本来ならクロス元帥の手を離れた時点で十分一人前のエクソシストとしてやっていけるだけの技量がある。
精神面が揺らぎやすいのと実戦経験に欠けるのが玉に瑕だが、それはエクソシストとして経験を積んで行けば自ずと身につく物だ。
ならば見習いになどさせてはおかず、早くエクソシストとして扱えばいい。師の下にいるというのは案外に、その師に頼ってしまうものだ。
それをわざわざ、再度俺に弟子として付けたのは――――――言うまで聞くまでも無く俺の為だ。
あいつの為では、なく。
「エクソシストの人手だって足りてねぇんだろ。あのモヤシでも何かの役には立つだろ。とっとと持ってけよ」
『それはそうなんだけどね。君だってアレン君を一人立ちさせたら、次こそ本当に、何も知らない適合者を弟子に迎えるんだよ?』
「…………」
俺は、昨年元帥に昇格した。
正直な所面倒この上無かったが、室長命令ではなく大元帥の命で適合者探しをする――――――それは俺の目的を叶えるには、御誂え向きだった。行き場が決まっているエクソシストのイノセンス回収・異変解決などより、余程自由だったからだ。
だがしかし、元帥になるというのは同時に教えを請う側から教える側になるという事。
実戦経験には少なからず自負があるが、人に教えるにはそれだけでは足りないことは知っていた。
俺には人に何かを教えた経験も、そもそもの人生経験も、元帥と呼ばれるには余りに足りなかった。
『ティエドール元帥も心配していらっしゃる。…………まだ、早いんじゃないのかい?』
あいつを手放すには。手放して、本当に「元帥」と呼ばれるようになるには。
そう言われた気がした。
「…………。」
じゃあ元帥になど昇格させなければ良かっただろう、と言えたらどれ程楽だったか。
それは所詮弁解でしかなく、それこそ「出来ないなら何故受けた」と返されれば言葉に詰まるのは目に見えている。
見つけた適合者がどんな奴かは分からない。幼児かもしれないし年寄りかもしれない。男かもしれないし、女かもしれない。
素直にエクソシストになろうとするかどうかも分からない。
何も知らない相手に、死なないよう、生き抜き戦う術を教えなければならない。
それが、最低限の義務だ。
それは分かっている。
誰よりも。
だが、その為に、あいつを縛り付けていて、いいのか?
「…………」
『反論したいならば実力と結果で示してみるといい。そうすれば、誰も、僕も、何も言わないよ』
「…………分かってる。さっさとどうにかして、あんな奴は追い出してやる」
『…………そう、期待してるよ。エクソシストは、常に人手不足だからね。じゃあね、』
ブツッ
回線を切って、俺は暫くゴーレムを前に、暗い天井を睨み付けた。
「、ん?」
そこでようやくその気配に気付いた。
話に夢中で、などと元帥にあるまじき失態だと内心で舌打ちしながら、戸を開きに向かう。
朝メシの調達に行かせたが、両手でも塞いでいるのか或いは話している最中と気を使ったのか知らないが、
「おい、モヤシ、」
開きながら、その向こう側へ声を掛ける。
…………戸を開いた先にいたモヤシは腕にパンを抱えたまま、まるで幽霊でも見たかのように蒼褪めた顔をしていた。
「? おい、どうした?」
「…………」
顔が青い。
何だ?
…………そう言えば、昨日も様子が可笑しかったがまさか体調が悪いのか。
体調管理も任務の内だと何度言い聞かせたことか。
変な所で相変わらずだと軽く舌打ちする。
「モヤシ、」
とっとと入って来い。
そのつもりで、名前を呼んだ。
バサッ
パンの入った紙袋が落ちた。中身がその場に散らばる。
寄生型という特性からかそれともその生い立ちからか、食事を命の次くらいに大事にしている、食い意地の張った奴にしては珍しくだ。
「おい、お前、」
「――――――…………」
ダンッ!!
次の瞬間。
俺は、モヤシの発動した左腕に捕らえられていた。