「…………何をピーピー泣いてやがる」
「、く、っ、」
…………訳分からん。
この場合泣くのは俺じゃないのか。死んでも俺が人前(それも自分より年下のガキの前でだ)で泣くなんてありえねぇが。
動揺を悟られたくなくて風呂場に逃げた。多少なりとも自分が衝撃を受けているんだと言う事は認めたくはねぇが事実だ。
寝首を掻かれたと言うべきか、飼い犬に手を噛まれたと言うべきか。
ガキは相変わらずベソベソ泣いている。
こんな時クロス元帥や自分の師ならどうするだろうと半分現実逃避気味に考えた。
しかしどう考えたってあの二人がこのガキに遅れを取る様なんて想像するのも無理で(特にクロス元帥なら容赦なく銃で吹っ飛ばしに掛かるだろう)益々自分の未熟さを感じさせて嫌になる。
取り合えず、性欲処理の方法くらい教えとけよあのクソ不良元帥が…………と内心でクロス元帥を罵る事で俺は何とか気を紛らわす。
モヤシはまだ泣いている。
「…………〜〜〜〜〜〜っ! ああクソうぜぇな!!」
俺が思わず怒鳴ると目に見えて奴の肩はビクついた。
「男が何を何時までもビービー泣いてやがる! テメェは赤ん坊か!? あぁ?!」
「ご、ごめんなさ、」
「ベソベソ泣いてて許されんのは赤ん坊と女だけだ! テメェも立派なもんぶら下げてんなら何時までもピーピーギャーギャー泣いてんじゃねぇ!」
本当にあんな所だけガキじゃなかったよなこいつは!!
胸倉引っ掴んで怒鳴りつけてやると、驚いたのか泣き声が止まった。
だがその目からはまだ涙が流れ続けていて、その情けない面に心底情けなくなる。何が、と言われればこんなガキに後れを取ったことだ。
未だに泣いている奴にこれ以上は無意味と判断し、
「…………荷物纏めて準備しておけよ」
「…………あ、」
「『望み通り』解き放ってやる。何処にでも好きなように行け」
…………教団という鎖の繋がれている以上、全く好き勝手できるわけではないだろうが。
俺が告げてやると、――――――モヤシは悲痛な表情を浮かべた。
俺は踵を返しベッドの傍を離れ――――――ようとした。
腰の辺りを引かれる感覚。
「…………何だ」
「…………、」
捕らえられた身体が自由にならず舌打ち代わりに溜息を一つ吐いて、振り向く。
縋り付いて来ていたモヤシは物言いたげな顔をしていた。
知っている顔だ。
そう、まるで散々殴られて捨てられた犬の様な、
帰ってくるからと言い含められたまま置き去りに去れた子供のような。
捨てられた者の顔だ。
「捨て、ないで、」
「…………」
何言ってるんだこいつ。
訳が分からない。
俺の下から去りたいのはお前の方なんだろう?
だが奴が言った事は俺の其れまでの予想と想像を全て突き崩すものだった。
「捨てないで下さい、傍に、いさせて…………!」
…………どういう、事だ。
「…………」
こいつは、俺の元に縛り付けられる事を厭って、ああいう手段に出たんじゃないのか?
満更ただの性欲処理の為だけだとは思わなかった。だとしたら、少なくとも俺を狙うというのは余り賢い選択肢ではない。
「…………じゃあどういう事だ。言ってみろ」
「…………」
促すと今度は黙り込んだ。
…………面倒臭い奴だ。
暫くしてから、奴は鼻を啜りながら驚くべき事を言い放った。
「貴方が、好きなんです」
「…………はぁ?」
遠ざけられて当然だ。僕のした事はそんなに軽い事じゃない。
だけど、
「『望み通り』解き放ってやる。何処にでも好きなように行け」
望み?
望みなんかじゃない。
僕の望み、は、
「捨て、ないで、」
泣きすぎた所為で喉がひくついて、上手く声にならない。
案の定あの人は無言で僕を睨むようにしている。
その人に、泣きながら請った。
「捨てないで下さい、傍に、いさせて…………!」
見捨てないで 一人にしないで
お願いだから。
「…………じゃあどういう事だ。言ってみろ」
問い返されて咄嗟の答えに詰まる。
僕の答えは、多分、この人が望むようなものではとてもなくて。
それでも沈黙を通せる身じゃない僕は、情けない声のまま答えた。
「貴方が、好きなんです」
「…………はぁ?」
迷惑だ、とか、嫌だ、とか、そういう感じは籠められていない声。
純粋に驚いた顔で、元帥は僕を見た。
「…………頭でも打ったのかモヤシ。おかしくなるほど強くは殴ってねぇぞ」
「違います、前からずっと…………貴方が、好きでした」
元帥の目が細められる。
「何言ってんだこいつ」、そう言いたそうな顔だ。
「…………なら仮にテメェが俺に懸想してたとしてだ。それがどうしたらああなる?」
「…………」
「…………、…………! まさかクロス元帥が女はヤッてモノにしろだとか下らねぇ事吹き込んだんじゃねぇだろうな!?」
「!?」
…………元帥が師匠に対してとんでもない誤解を抱いたようだ。
びっくりして、思わずブンブン顔を横に振る。
「違います、師匠はそんな事言ってません!! …………女性を口説くのはベッドを共にした後でもいいって聞いた事はありますけど」
「同じじゃねぇか! あの外道元帥っ…………!!」
違う、一点において全然違う。
師匠は女性に対して「は」優しい。無理強いなんてする訳が無い。
「そもそもテメェもテメェだ、んなもん信用するな!」
してません!
「ガキはガキらしく恋文でも作ってろっつーんだよ! この阿呆弟子! ガキの分際で生意気も程があんだろうが!」
「ご、ごめんなさ、」
「ったく…………戻るがな、んで、あれがどうなるとそれに結びつく?」
「…………捨てられると思ったから、」
「…………?」
「ああすれば、貴方と離れないで済むと、そう思いました」
…………逆効果なのは、分かってるけど。
「…………どう考えても逆効果だろ」
呆れた声。
呆れるに決まってる。
子供だって分かるに違いない。
「大体な…………捨てるの何だのって、何なんだ」
「傍に、いさせてくれないんでしょう?」
言葉にするとまた涙が浮かんできた。
涙声になる。
「…………、…………。」
元帥は頭が痛いのか、頭を抱えていた。
きっと僕の所為だ。
僕が酷い事をして、失礼な事ばかり言うから。
また哀しくなってくる。
「あのな…………、お前が何を持って捨てるだのなんだの言ってるのか良く分からんが」
「…………」
「今までみたいに四六時中連れて歩くのを止めるのが捨てるっつーならそりゃそうだろう。教団だって独立できそうなエクソシストを何時までも見習いにしてられる程余裕はねぇ」
「…………はい」
分かってる。
それは、分かってた。
「じゃあ独立できたら何もかもなくなって付いた元帥と全く関わりが無くなるのかつったら、そりゃテメェの勘違いだ」
「…………え、」
「一度結んだ師弟関係は生涯付いて回る。同じ元帥だからと俺がティエドール元帥に対等な口聞きなぞ出来るものか。俺だって元帥位に付く前は、ティエドール元帥の部隊に入ってた。クロス元帥は滅多に本部に戻らねぇし個人プレーが多いから、お前は俺の部隊に入るだろうな」
…………。
…………え?
「確かに部隊単位で動くことは多くはねぇ。だがそれでも無関係っつー訳じゃ無い。師弟関係っつーのはどっかで必ず付いて回る」
「…………、」
「自分の弟子を独立させたらそれで無関心になるなんて事が…………ある訳ねぇだろうが」
元帥は、溜息混じりに言った。
「そこまで人を非人情だと思ってやがったのか、テメェは」
僕は多分、大きな勘違いをしていたんだ。
独立したら、師匠や元帥とは一切関係無くなると思ってた。
それが嫌で怖くて、その関係が無かったら元帥は僕の事なんて気にしないだろうしすぐ忘れてしまって僕なんていう弟子がいた事すら忘れられてしまうものだとばかり、思っていた。
「そう、なんですか」
「当たり前だろ。…………特に最初の弟子の事なんざそうそう忘れられやしねぇ」
「…………」
元帥の言葉が、温かく染み渡る。
単純で、そして酷い話だけど、僕は安心、した。
「っつー訳で、とっとと荷物纏めとけよ」
「っ!?」
あ、
「だけど、でも、」
「お前はとっくに一人でやってけんだよ。元々無駄に引き止めてたんだ。だがもういいだろう。少なくとも不意打ちでなら俺を捻じ伏せられるんだからな」
「…………ごめんなさい…………」
そこについては謝っても謝っても謝り足りない。
「女じゃあるまいし済んだ事をごちゃごちゃ言うつもりはないがな」
「…………ごめんなさい、」
「生意気な口は俺と対等になってからにしろ。以上」
…………え?
今の、最後の…………。
僕がその意味を知るのは、もう少し経ってから、だった。
<続>
次回オリキャラ注意。
苦手な方は今回を最終話だと思ってください。
アレン×神田トップへ
小説頁へ