His and his master 1
首都ロンドンから程良くれた、郊外のあるマナーハウス。
此処が、僕の職場兼住まいだ。
そして僕の一日の仕事は、お仕えしているご主人様にアーリーモーニングティーをお持ちする事から始まる。
「お早うございます皆さん、今日も一日頑張りましょう」
使用人の皆の前でそう挨拶する。此処に来て一番日が浅い僕が取り仕切るっていうのも妙な感じがするんだけど、そういう仕事なんだから仕方が無い。
アーリーモーニングティー用の茶葉は寝起き一番の機嫌が宜しくないご主人様の為に格別良い物を仕入れているが、当然の事としてお持ちする前にその茶葉の品質をチェックする。
「…………良し」
香り、色とも問題無い。
少しでも気を抜けば直ぐに湿気などの所為で劣化するのが困り物だけどそういうものなのだから気をつける他無い。
それを一人分、小匙に一杯、それから汲み立ての水を沸かしたお湯、ティーセットをワゴンに載せ、僕は一階中央のご主人様の寝室へと向かった。
ご主人様の他は極少数の使用人しかいないこのお屋敷は、一日時間を問わず静寂が満ちている。
それは人数が少ないこと以外にもご主人様が騒々しさに眉根を顰めるお人柄だから、というのも勿論ある。
重厚な、それでいて華やかな彫り細工を施されたドアの前。
ノックはせずに、金色のドアノブに手を掛けた。
「失礼致します」
…………お返事は無い。
まだお休みなのか、と時計に視線をやった。
本来ならばご主人様が眠いと仰られるならばどうぞお休み下さい、と申し上げたい所だけれど何分ご登校の時間も押し迫ってきている。
ワゴンをベッドの近くまで運んでから、天蓋の外から内側へとそっと声を掛けた。
「…………お目覚め下さい、ご主人様」
「…………」
天蓋の内側から、身動きの気配があった。
それから、くぐもったお声。
「…………う、ん、…………」
「…………失礼致します」
朝に弱い方だから、お目覚めになって直ぐ動くのは辛いんだろう。
天蓋を軽く手で除けながら、僕はその中に入った。
案の定、まだ起き上がれていないご主人様はクッションの一つを抱くようにしながら細目で僕を見上げた。白で統一された寝具に、ご主人様の艶めいた黒髪が大変映える。
「…………」
「今日はご登校日でございます。さあ、」
「…………」
再度促すと、渋々と言った調子でご主人様が目を開いた。
「お早うございます。今日もいい天気ですよ」
「………………………………ああ」
たっぷりの間があってから、ご主人様は掠れた声で呟いた。
失礼致します、と声を掛けてからその腰と背中に手を入れて、起き上がるのをお手伝いする。
ご主人様がベッドの上で上半身を起こしたのを確認してから、僕はワゴンの方へと戻り、ティーポットの中にお湯を注いだ。
ご主人様の視線は僕の手元にじっと注がれている。
コトン、と砂時計を逆さにしてから――――――実の所砂時計など無くても秒単位で頭の中で時間を計測する事なんて容易いけど、様式美だ――――――ワゴンの引き出しに入れてきた今朝の新聞をお渡しする。
それを気の無さそうで一瞥したご主人様は今から直ぐにでも寝てしまいたいといわんばかりのお顔だったけれど、休日ならまだしも平日のご登校日である今日にそんな事をされてしまう訳には行かない。
砂が間も無く落ち切り、それを見届けてからティーポットの中身を暖めておいたカップに、先に今朝絞りたてのミルクを注ぎ、それから紅茶を注いだ。
ご主人様は甘いものがお嫌いな方だから、シュガーを混ぜるような事はしない。
「本日の朝のお茶はご領地の茶園から運ばせました初摘みのダージリンとアッサムのブレンドです。どうぞ」
「……………………」
カップを手にしたご主人様は、じっと乳白色のカップの中身を見ている。
暫くそうしていてから、おもむろに口をつけた。
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