His and his master 2

「…………」
「ご朝食には何をご用意いたしましょうか」
「…………いらねぇ」
「いけません。朝昼夜としっかり摂っていただかねば」
「…………」

 面倒、そう仰りたそうな顔でご主人様は溜息をつく。
 食に執着の無い方だから、往々にしてお腹が空かないからいらない、などと仰るのだ。

「…………なら、お前がいいと思うように」
「畏まりました」

 食事のリクエストをお伺いしても、気の無いお返事ばかり返ってくるのも何時もの事。
 僕は厨房に伝えるべく――――――勿論昨日召し上がったものと重ならないように計算してだ――――――頭の中で素早くメニューを組み立てた。





「…………」

 本日のご主人様のご朝食にはハードックとオムレツをメインに据えて見た。
 ご主人様は特にいい、とも悪い、とも仰らず、黙って半分程度「も」お召し上がりになられたのでこれはそれなりに成功したと思ってもいいだろう。何せ、ご不満だと全く手をつけずに下げられるお方だ。領地のカントリーハウスで伯爵にお仕えしている執事であれば毎日ピタリとご主人様の御心に沿う事が出来るんだろうけれど、まだまだ修行あるのみだ。

 ご主人様はふと手を止めてぼんやりと外を見た。
 
「本日は好天でございます」
「ああ、見りゃ分かる」
「新聞には、先日銀行を襲った一味が逮捕されたことの他には取り立てて注目すべきような事はございませんでした」
「そうか」

 食後のティーを飲みながらどこと無く気のないお返事を――――――何時もの事だ――――――返されるご主人様はまるで心此処にあらずといった風情だった。実際にそうなんだろう。ご主人様の御心は、何時だって故郷の極東の島国に向かっている。

「お車を正面に回してありますので」

 まだどこか遠い目のご主人様が、頷いた。





 ご主人様を乗せた車がお通いになっているパブリック・スクールへ向かうのを頭を下げてお見送りした僕は、車が見えなくなったから頭を上げた。
 これからやる事は、たくさんある。
 銀器の手入れとワインの残りの調査。それが終わったら使用人達のお茶と、ああそれから新しく雇い入れる予定のコーチマンの面接がある。
 僕は袖を捲って、お屋敷の中に戻った。
 





 使用人とのお茶が終わった、昼時。

「「「「「…………」」」」」

 その大きな荷物に、使用人一同それを凝視した。
 送り元は、今はカントリーハウスにいらっしゃる、当家の現当主たる伯爵様。

 嫌な予感がする。

 背中に冷たい汗が流れた。
 かつて伯爵様は、幾度となくこのような荷物をご主人様にお送りになっている。
 そしてその度にご主人様は…………。

「…………」

 その時の様子を思い返して思わず身震いした。
 他の使用人たちも、心なしか青ざめている

 そう、この中に入っているのは確実にご主人様を激怒させるであろう物。
 叶うことならば開けずに送り返すか、或いはご主人様の目に触れる前に処分してしまいたい。だが、僕らにそこまでの権限はない。何と言っても伯爵様が直々にご子息であるご主人様に贈られた物だ。
 送られてきた物は、一度開梱し中身を伝えろ、と言われている。だから僕は中を改め、ご主人様にお伝えしなければならない。今僕らに出来るのは、これがご主人様の逆鱗に触れるもので無いことを祈ることのみだ。

 そっと刃物を頑丈な包みに入れた。
 ぷつり、と紐を裁ち切り、それから…………

「あぁ…………」

 誰かが溜息を付いた。
 中に入っていたのはレースの見事な、純白の衣服。…………ドレスだ。
 がっくりと頭を垂れる。どうしてこう、伯爵様はご主人様を激怒させるものばかり送って来られるのだろうか。言うまでもなくご主人様は男性であるので、このドレスという物を身に纏う機会などある筈が無い。最初僕は、伯爵様がこれを送ってこられるのは「早くこれの似合う奥方を見つけるように」というプレッシャーを掛けているのかと思っていたのだが違った。このドレスは、ご主人様のサイズにぴたりと合うように作られているのだから。

「Mr.ウォーカー…………」
「…………仕方ない、仕舞っておきましょう。処分の可否についてはご主人様のご判断を仰がなければ…………」

 これまで贈られて来たドレス達は使用人たちに下げ渡されたり、チャリティーオークションに出品されたりしている。

「ミルクメイドのアニーの姉がもうじき嫁ぐようですが」

 ヘッド・ハウスメイドのナンシーがそう言ってきた。

「あぁ、ご主人様に伝えておきましょう」

 男性であるご主人様は東洋人でいらっしゃるので、一般的なイギリス人男性と比べると若干細身で小柄でいらっしゃるけれど、それでも女性よりは身長もある。そんなご主人様のサイズにぴったりなのだから当然大きい。小さいものを大きくするのは難しいけれど、逆は案外どうにでもなるものだ。

 せめてこのドレスが勘気に触れて襤褸切れのようにされないように僕は祈った。





 アレン×神田トップへ
 小説頁へ