Dance,Dance,Dance! 1



 とある麗らかな休日。
 ご主人様のパブリックスクールがハーフタームに入った。いよいよ、先だってのお呼び出しに応じての帰省だ。
 カントリーハウスには多数の使用人が居るので僕がご主人様の随行として選んだのは僅かに四人――――――僕自身、ヘッド・ハウスメイドのナンシー、ボーイのジャン、それから雇われたばかりのコーチマンのリチャード。
 そして勿論主人様がいらっしゃる。総勢五人の小さな旅だ。五人で車に二台に分乗し、ご主人様と僕とでリチャードの運転する一台に、そしてもう一台はナンシーがハンドルを握り(彼女は元々カントリーハウスにいるファースト・コートマンの息女なので運転はお手の物だ)ジャンと荷物を乗せている。

「何か御入り用の物はございませんか?」
「無い。腹も減ってねぇ」
「畏まりました」

 三十分に一度はご主人様にお尋ねしてご意思を伺っているんだけど、…………カントリーハウスに近付くに連れてご主人様のご機嫌が急下降していくのが見ているだけで分かった。実に恐ろしい。
 カントリーハウスにはご主人様のご機嫌を損ねるモノが大量にあるのだ。
 あぁ、神よ、と嘆きたいのを堪えて僕はご主人様の向かいで縮こまった。








 ご主人様が二杯目のティーを飲み干された頃、車が止まった。
 青々とした木々の色も美しい田園風景。石畳一つとっても先祖伝来の物、重厚な色合いがこのお屋敷が伝統ある家柄の物である事を示している。
 リチャードがドアを開き、先に出た僕はご主人様に手を差し伸べる。手を取られることはなくご主人様は手回りのバッグを僕に投げ渡し、さっ、と車から降りた。
 カントリーハウスの門前には使用人が勢揃いし一様に頭を下げている。頭を下げていないのは僅かに三人――――――ご主人様のお父上の伯爵様、兄上様、そして兄上様の介添えとして雇われている女性。
 ひたり、と伯爵様を見据えたご主人様は足早にご家族のもとに近寄られると、

「ただ今戻りまし…………」
「あぁ、ユー君!! 大きくなったねぇ!?」

 オーバーなリアクションで伯爵様に抱きしめられた。
 …………あぁぁぁぁ…………
 ご主人様の怒りが、ざわり、と波打ったのが見えた。見えないはずなのに、確かに見えた。

「何が「大きくなった」だ、今年の始めにも顔合わせてんだろうがっ! ボケたかヒゲ!?」

 …………始まった…………。
 もはや様式美なのかと疑いたくなるくらい「いつもの事」なので僕らマナーハウスの使用人も、カントリーハウスの使用人も誰も驚いたりはしない。
 玄関先で繰り広げられる父子の一方的な争いを僕らは遠い目で見守った。








 やがてご主人様が気が済むまで怒鳴り終えた頃、兄上様の執り成しで全員が漸くカントリーハウスの中に入った。伯爵様は何かを私室に取りに戻られ(嫌な予感しかしない)、兄上様とその介添え、レディ・ロットーが残られた。
 応接間にはティーの準備が成されている。けれど車内で二杯召し上がっていらっしゃるご主人様は興味の無さそうな顔で、けれど淹れてくれた執事に敬意を表するようにと一応手をつけられた。
 長時間車内に居たせいかお疲れの表情で、深く、凭れるようにしてソファーに御身を預けていらっしゃる。

「遠いところを、大変だっただろう?」
「全くだ。年明けに顔出しただろ、何で今呼びやがったんだあのヒゲは」

 伯爵様を「ヒゲ」と呼び捨てたご主人様は不快そうな顔をしていらっしゃる。
 お目の不自由な兄上様にもその不快感は伝わったようで、

「そういうな、あの人なりにお前の為を思っていらっしゃるのだから」
「俺の事を考えるなら今直ぐ俺を国に戻して後は放置がベストなんだがな」
「まぁ…………」

 ご主人様の言い様にレディ・ロットーが小さく声を上げた。

「そもそもお前がとっとと片付いちまえばいい事だろうが。早くしろ」
「ふ、言ってくれる」

 色々と複雑な事情があるのはご主人様も兄上様の一緒だ。
 ちら、と伯爵様仕えの執事が僕を見る。視線の籠められた「未だにご主人様を説得出来ていないのか」という咎めに視線を下に逸らす事で肯定と謝罪の意を表した。

「…………舞踏会だって?」
「ああ、明日の夜にな。父上がお前の為に近隣の良家のご令嬢をお招きしているんだ。逃げるなよ? ご令嬢方に失礼だ」
「は…………、逃げてぇよ」

 まぁご主人様の帰宅を祝う、なんてのは建前で正しくはご主人様の奥方候補選びの舞踏会なのだからそうもなるだろう。
 ご主人様がちらり、と僕を見る。僕は何の感情も浮かべないように、ただ静かに笑って応えた。

「そう言うな、ドレスを着せられて舞踏会に放り出されるよりは大分良いだろう?」
「逆にそれならそれで大暴れして逃げられるから、どっちが楽だか知らねぇぞ」
「ははは…………」
「ところで舞踏会ではちゃんと発表するんだろうな。何時まで経っても曖昧なままじゃあ男が廃るぞマリ」
「…………善処しよう」


<続>


 ティエドール伯爵家。
 当主・ティエドール元帥。
 長男:マリ(先妻との息子・盲目)
 次男:神田(後妻の連れ子。純日本人)

 後妻の連れ子なので他の家族と血の繋がりがない神田。(先妻は病死、後妻は事故死で先立ってる)
 でも血の繋がりがなくても目が見えないマリよりも次期伯爵には神田が相応しい、と考える親類がいるから厄介。
 マリは介添え(名目上は女家庭教師『ガヴァネス』)として雇われているミランダと恋仲、でも爵位継承問題が片付かない内に結婚して身を固めるのはどうかと思っている。
 でも神田は全く継ぐ気がない。



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