「この辺で何度も見かけました! つ…………付き合ってください…………!」
「丁重にお断り申し上げますどうぞお引き取りください」

 ああ…………春だなぁ…………。
 




 季節は春。
 住宅街では公園程ではないけれど家の庭先からふわりと色々な花が混ざった匂いがする。
 今日は高校の入学式だ。

「ははは…………またか」

 丁度一時間前にあった事を学校への道のり途中に、迎えに来てくれた中学時代とそして今日からは高校での先輩のラビに話せば、彼はなんとも言えない顔で苦笑した。

「まぁなんつーか、お気の毒?」
「ほんとですよもう!!」
「でもさ、うちの学校なら制服あるし女の子に間違われる事は無いさ?」
「あってたまりますかそんな事!」

 この年になって、高校生にもなって、女性に間違われるなんて屈辱意外の何者でもない!!

 僕は自分の容姿が好きじゃない。
 髪は真っ白、身長は低い、そして認めたくないし自分ではそうは思わないけれど女性に近いらしい顔立ち。
 後ろからお年寄りに間違われるのはまだしも、前に回り込んできて顔を見てからナンパして来る手合いなんて本当に殴り飛ばしたくなる。
 他人の性癖なんてどうでもいいんだけどそれが自分が対象になるのは心底御免被りたい。

「ど、どーどー、落ち着くさぁ」
「他人事みたいにっ…………!」

 そりゃ勿論他人事でしょうけどね!?
 一度だってそんな目にあったことはないだろうラビを半目で睨んでおく。彼は体格に恵まれているし、記憶にある限り中学三年生の頃には既に今と同じくらいの身長があったと思う。容姿は整っている方(中学生の頃、ラビは僕の同級生達に非常に人気があった。容姿だけじゃなくて気さくな性格もあったからだろう)だけどけして女性的ではない。
 一方の僕はこの通りで、このまま成長期が来なかったらどうしようと戦々恐々としている。

「怒るなって」

 再度苦笑したラビは鞄を頭の後ろで持ちつつ大きく伸びた。
 
「そこの角のコンビニで何か買ってやるから。こっから上り坂だし」
「!」

 朝食を摂ってから一時間半。そろそろ小腹が空いてくる頃だ。
 ラビの提案に諸手を上げて賛成した僕は、朝の不愉快な事件なんて頭の片隅からも消すようにして、何にしよう、と考え始めた。








 僕が買ってもらったのはおにぎり。ラビが自分で買ったのはゼリー飲料。
 ついでに小さな袋に野菜ジュースを入れたラビと一緒にまた学校への道を歩く。

「? お昼ですか?」
「いんや、差し入れ」

 誰へ?
 と思わないでもなかったけど、追求はしなかった。

「もうそろそろさ」

 長い坂道を登り切った先。大きな黒い門が聳え立つ此処こそが、今日から僕が通う高校だ。
 電車の関係で早く着きすぎてしまったから、入学式とは言えどまだ人気もない。
 新入生受付、と書かれた机にもまだ人はいなかった。

「あと二時間近く…………」

 どうしていよう?
 クラス分け…………もまだだ、発表されてない。それっぽい大きな看板には雨除けのビニールが掛けられている。

「アレン、ちょっと来いって」
「?」

 その場でうろうろしていた僕を、少し離れたところにいたラビが呼んだ。

「何ですか?」
「紹介したい奴がいるんさ」
「紹介…………?」

 誰だろう?
 この時間にここに居るって事は僕の同級生になる人じゃなさそうだけど…………

「…………あ。んでも、三つ忠告」
「?」
「ひとーつ。絶対にソイツに触らないこと。握手とか求めちゃ駄目さ」
「へ?」
「ふたーつ。ソイツの間合いに入らないこと。うっかり攻撃されるかも」
「は?」
「みーっつ。先輩だから、丁寧にな。おっかねーから上等こいてるとシメられっかも。俺みたいなつもりで話しちゃ駄目な」
「はい?」

 何ですかそれ。

「アーユーオーケー?」
「yes.でも誰ですか、それ」
「俺のダチで剣道部の部長。お前となら話合うって絶対」
「はぁ…………」

 何か今の忠告聞くと、怖い人のような気が…………
 ラビはラビ自身が上下関係というものを作るのを嫌がる人なので、僕ら下級生も基本的にフレンドリーに接しているけど、やっぱり世の中にはそういうのを好まない人だっているだろう。それは分かる。

 校門からどんどん奥へ入って、校舎を乗り越えた向こう。
 緊張する、なんて思っているうちにラビは体育館のすぐ近くの、それよりは小さな建物のドアを開いて中に声を掛けた。

「はよーっす! ユウ、今日も早いさねー」
「…………んだよ、お前か」
「お邪魔しまーす。アレン、土足厳禁だから脱いで上がってくるさ」
「あ、はい」

 先に入ったラビを追って、僕もその場で靴を脱いで、小さな階段を上がって中に入った。

 そこは畳とかがある部屋だった。多分武道の授業で使う部屋だ。
 余り明るくはないその部屋の真ん中に誰かが立っている。

 はっきりとその人の顔を認識した瞬間、僕はその場でフリーズした。
 剣道部の人だろう。袴に竹刀を持った、そして長い長い黒い髪のその人は息を飲む位整った顔立ちをしていた。ラビも整ってるけれど、それとは方向性が全然違う。どちらかと言えば女性的な、本当に「綺麗」と表するのがぴったりな感じだった。
 だがそれは向こうも同じだったみたいで、僕を見て瞠目して動かない。

「ユウ、以前話したっけ。俺の中学の後輩で、今日から此処に入るアレン」

 ラビが僕を紹介した。
 …………相変わらずむこうはじっとこちらを見ている。

「…………ア、アレン・ウォーカーです」
「…………神田だ」

 その人はボソッとそう言うと、ふいっと後ろを向いた。
 あ、あれ…………なんか早速嫌われてる…………?

「アレン、ユウは物凄い人見知りなんさ。別にお前さんが何かした訳じゃないから、大丈夫」
「誰が人見知りだ」
「ユウ」
「テメェ…………」
「あ、忘れてた。ほい、差し入れ」
「…………チッ」

 ラビがビニール袋を手渡すと、神田先輩はそれを受け取って中のジュースを見た。また舌打ちする。

「甘ったるいのはいらねぇっつってんだろ」
「それそんなに甘くないさ。砂糖不使用だし」
「…………」

 疑わしげな目でパッケージを見ていた神田先輩がストローを差した。
 僕は大人しくしておく。

「そっちは入部希望か?」

 ふと思いついたようにそう言われて驚いた。剣道部? 僕が?

「あ、いえすいません、そういうんじゃ…………」
「剣道興味無い?」

 ラビ、余計な事言わないでください!

「そういうんじゃなくて! 武道には少しは興味ありますけど、家庭の都合で部活には入れないんです」
「家庭の都合」

 神田先輩が繰り返した。

「実は、家が裕福ではないので。アルバイトの申請も通してあるんです」

 この学校は原則アルバイトは禁止だけど、理由によっては許可される。そして僕が提示した理由と家の財政状況はどうやら許可されるに十分だったらしい。
 …………そりゃそうだよね、何百万もした前払いの授業料、捨てたようなものだし…………。

 ふっ、と遠い目になってしまう。

「高等部の学費なー。勿体無いさ、お前きっちり全額払いだろ?」

 ゼリーを飲みながらラビが言った。
 僕とラビが通っていた中学は全寮制のカトリック系私学で、中高一貫制だった。中等部入学時に高等部までの分を含めて一括で学費を納入しなければならず、そこには寮費までも含まれるのでそれはそれは多額になる。
 そしてそれは退学したり、僕のように中等部のみ通い高等部は外部へ進学するような場合でも一銭たりとも返還されない。寄付金扱いになってしまう。
 ラビは非常に頭が良く特待生だったから良かったんだろうけど、僕は違う。
 内部進学せずに外部の高校を受験する、そう決めた時は流石に父さんに土下座した。仕方ない、とは言ってくれたけど。
 
「そうです。ちょっとでも返さないと…………」
「…………ふん」

 納得してくれたかは分からないけど神田先輩は鼻を鳴らした。
 
 それから僕とラビは邪魔にならないよう、道場の隅っこで入学式受付の開始を待った。神田先輩は僕らに関心を払わず黙々と竹刀を振っている。
 ひゅんっ、と竹刀の切っ先が空を切る。
 カトリックの学校だったから剣道部は無かったけど、フェンシング部はあった。僕も少しだけ齧った。続けることは出来なかったけど。

「ラビ、神田先輩って強いんですか?」
「えっらい強い。国体優勝だぜ?」

 凄い人なんだ…………。
 確かに僕は剣道は門外漢だけど、流れるような所作は一朝一夕で身につく物とは思えない。

「所で他の部員の人は…………?」
「朝練は自主練だから、ユウしかいないんさ」

 へぇ…………。

 それだけ神田先輩は熱心なんだ。
 それから僕らは入学式受付が始まるまで、鮮やかな、何時までも見飽きない剣筋を見つめていた。



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