入学式から一週間。そろそろ高校生活にも慣れてきた。僕の高校生活は今の所は順調だ。今の所は。

「おーいアレン、飯食いに行こうぜー」
「はい、今行きます」

 教室の入り口から顔だけ覗かせたラビに声をかけられて、応える。
 クラスメイトの何人かはラビに声をかけ、ラビはそれら全てに笑顔で応じていた。僕ら新入生の中でもラビは既に有名人だ。というか、ラビが生徒会長だった事は在校生挨拶の時に初めて知った。
 購買で持ちきれないほどのパンを買って、既に決まっている僕らの昼食会場・屋上へ向かった。

「ユウ、お待たせ〜」
「待ってねぇ」
「またまたぁ」

 そこには既に神田先輩がいて、フェンスに寄りかかりながらパックのお茶を飲んでいた。
 相変わらず神田先輩の前だと僕は緊張する。

「じゃ、俺自分の分買ってくるわ」
「あ」

 僕の分持って貰ってたんだ!!
 慌てて同行、寧ろ使い走りをを申し出るも、ラビは「いいって」と言いながら下へ降りていった。ついでに、先に食べているように言いながら。

「…………」

 僕は山盛りのパンの前で座り込んだ。先に食べていい、って言われても流石にそれはちょっと、だ。
 僕らのやり取りを黙って見ていた神田先輩は、ラビが居なくなって暫くした後声を掛けてきた。

「おい」
「は、はい?」
「お前、ラビの中学の後輩っつったよな」
「は、はい」

 多少ビクつきながら僕は返事を返しておく。

「ラビの行ってた所って、全寮制の私立だろ。中高一貫の。何で此処に来た?」
「…………」

 うわ…………あちゃー…………。
 一番聞かれたくない事聞かれちゃったよ…………。
 だけど、神田先輩に対して誤魔化す、とかダンマリ、とかは命知らず過ぎて出来なかった。
 それに、…………神田先輩なら多分、理解してくれる。気がする。
 ラビが言ってた「僕と気が合う」ってのは多分、そういう事だろうから。

「実は…………中等部の在籍中に問題を起こしまして」
「問題?」
「暴力沙汰です」

 僕が正直に答えると、神田先輩は眉を上げて、それから僕を上から下まで眺め回した。先輩の言いたい事は分かる。背が高くなく、全体的に細い僕は喧嘩に向いている体型じゃない。力の強さには自信があるけれど、それを神田先輩の前で披露したことはまだ無かった。

「そんな風には見えねぇがな」
「僕も、絡まれさえしなければ何もしないんですけどね」

 思わず愚痴っぽく言ってしまった。でも本当だ。僕は自分から喧嘩を売るような真似はしない。トラブルなんて無いに越したことはないんだから。

「お前がキレて暴れるなら、『相当』の理由なんだろ」

 ええ。確かに『相当』ですとも。

「…………僕らが通ってた所が全寮制のカトリック系私学で、男子校だって事はご存知だと思いますが」
「ああ」
「…………」

 その先が口に出しづらくて、思わず視線を彷徨わせた。勘づいたのか神田先輩が、

「別に無理矢理聞こうって訳じゃねぇから、言いたくないなら言うな」

 そう言ってくれた。だけど此処まで聞かせておいて後を言わないのは幾ら何でも酷だろう。気にはなる筈だ。

「いえ。大丈夫です。…………実は、中等部三年の時に寮で上級生達に襲われまして」
「!」

 神田先輩の目が、まん丸くなった。

「まぁ思春期の男子生徒ばっかりですから、そういう事がなきにしもあらずだったらしいんですけどね。誘いをずっと断ってたら、どうやら「そういう事」になったみたいで」

 寮の自室で、六人の高等部生に襲われた。
 一人部屋ではなかったけれど、多分手を回されてたんだろう、同室の同級生は居なかった。

「お、前、」
「腕力だけは強かったんで、撃退したんですけどね。でもその時に怪我を負わせてしまいまして」

 それなりに権力者やお金持ちの子息の多い学校だったから、僕は当然、学校に居づらくなった。そして心底、同性を引き寄せる自分の容姿が嫌になった。

「…………」
「そんな訳で、居づらくなって飛び出てきたんです。お陰で僕の家の家計は火の車ですよ」

 最後は苦笑して肩を竦めた。三日前から始めたファミレスでのバイトは今のところ順調だ。お給料は、僕がドブに捨てた学費を思えは焼け石に水だけど。

「…………悪ぃ。嫌なこと聞いたな」
「いえ、別にいいんです。今更ですし」

 実際に襲われた訳じゃないし。
 ただ、同性からそういう目で見られてる、って事を知られたくはないから隠しているけれど、…………まぁ多分僕と同類だろう神田先輩なら、いい。

「野郎同士でなんて、気が狂ってる」

 神田先輩が吐き捨てた言葉の毒と鋭さを思えば、多分彼もそうなんだろう。聞く勇気はなかったけど。
 暫くした後ラビが戻ってきて、僕らは昼食を食べて、それからクラスに戻った。






 放課後。
 クラスメイト達は部活見学に出かけたけど、部活に所属できない僕にとってそれは無意味だ。そもそも今日も家の近くのファミレスでのバイトがあるし。
 誘っては貰ったけど、丁重にお断りして一人帰り道を急いだ。

「…………」

 行きは上りだけど帰りは下りで、らくちんだ。
 散り始めた桜の花びらでピンクになっている道を下って行く。
 暫く下ると駅に通じる大通りへ出る。そこから駅までは一本道だ。うん、覚えた。
 駅へ向かって歩いて行き、ゲームセンターの前を通りがかった時。

「なぁ、そこのおねぇさん」

 …………。
 …………出た。

 全身を戦闘態勢にしながら、ゆっくりと、それはもうゆっくりと振り向いた。
 鼻にまでピアスをした、変な人だった。

「ちょっと俺の遊ばねぇ?」
「…………お断りします」
「連れねぇなー、いいじゃんちょっと位…………」

 今僕喋りましたよね? どうして僕が貴方が求めるような相手じゃない事に気づかないんですか!?
 思わず睨むと、わざとらしく「おお、怖ぇ怖ぇ」とか言っている。馬鹿にしている。

「そんな事言わねぇでさー…………」

 僕の肩に向かって手を伸ばしてきた、その時。


 バシッ


「いでっ!」
「!」

 僕の後ろから、棒のような物が伸びてきて、その相手の肩を突いた。何事、と振り向くとそこにいたのは…………

「神田先輩!?」

 袋に入れた竹刀? 木刀? を背負った神田先輩だった。目の前の男の人の肩を突いたのはその背負ってたものだろう。

「何変なのに捕まってやがる。行くぞ」
「は、はい!」

 ちら、と冷たい目で肩を庇って蹲る男の人を見た神田先輩は、そう言ってさっさと歩き出した。
 僕も置いて行かれないようにと小走りで付いていく。

「先輩ももう帰りなんですか?」

 部活は?

「今日が用事がある。…………お前、一人で帰るの止めておけ。変なのに絡まれるぞ」
「はは…………は」

 でも、帰宅部の人でもいないと一緒に帰るってのは難しいんですよね…………。
 しかも理由は「こんなの」だし。

 神田先輩は後は言葉少なく、僕も話題が見つからなくて、僕らは静かに駅へ向かった。


 気を使って話題を探した筈が地雷を踏んづけた神田先輩。

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