あんな人、大嫌いだった。
凡そ僕がこれまで接してきた女性全てとは明らかに異なる異質な存在。
これまでの僕の認識全てを裏切ったのが、彼女、神田ユウという人だった。
この僕が初対面の時に目を奪われた程の美貌。なのにその折角の美貌を台無しにて尚有り余る、性格の悪さ。女性には優しく、その教えさえ守ることが出来なくなる位の。
『テメェ…………本当にクロス元帥にそっくりだな、』
心底嫌そうに吐き捨てられた辺りで僕は彼女を女性として扱うのは辞めた。
そうだ、いっその事男性だと思えばいいんだ。
折しも彼女と同じ年のラビがいた。彼と同じように扱えばいい。だってあっちだって女性らしく振舞わないんだ、きっとそういう扱いを望んでいるんだろう。
だから。
『君はそんなだからいい年して恋人の一人もいないんですよ?』
『いらねぇよクソが、誰しもがテメェらみたいな色ボケだと思うんじゃねぇ!』
『はは、それは強がりですか? オールドミスにでもなる予定なんですかねー』
彼女をからかうのは楽しかった。腹が立つ事もあったし、時として殴り合いにも発展したけれど。
普通に女性には向けられないような辛辣な言葉でも、彼女相手なら良いと思っていた。実際に彼女はそれに怒る事はあっても傷ついたような素振りは一度だって見せなかった。
変わり始めたのは、いつ。
教団がノアに襲われて、守りきれなかった命が悔しくて。
荒れた僕らは体を動かすことでその感情を発散させた。婦長さんにはその度に怒られたけど、医務室でおとなしく寝てるよりは断然精神衛生的には良い。
だってあそこにいたら僕はきっとまた神田と喧嘩する。いや、手合わせだって似たようなものだけど。
『アレン、お前さぁ』
『はい?』
『よくユウと手合わせ出来るよな…………ある意味感心するわ』
溜息がちに呟くラビの言いたいことはよく分からなくて、僕は片眉を上げて先を促す。
『俺は無理さ、ユウもそうだけどリナリーも。だって本気になって怪我でもされたらどうしよう、って。特にユウは手加減して相手出来るような相手じゃねぇしさ』
『? リナリーには十分加減してますけど?』
そして時折それについて怒られる。手加減しないで、って。
でもそんな事を言われても、だ。敵ならまだしも味方の女性相手に本気になんてなれない。確かに本気でやらなきゃ手合わせの意味が無いってのは分かるんだけど。
『お前それ相当矛盾してんぞ…………』
『あー、分かりましたラビ。すいませんが僕の中で神田は女性としてはノーカウントなんで』
手をパタパタ振りながら応えるとラビが思いきり渋い顔をした。
『…………はぁ。あのな。魚心あれば水心、って知ってるか?』
『は? 何ですかそれ?』
『…………いや、やっぱいーわ。でもあんまりやり過ぎて怪我とかさせんなよ?』
『ああ分かってますよ、僕だって顔だけは怪我させないようにしてるんですよ? だってあの人取り柄は顔しかないし、下手に傷つけて責任取れなんて迫られても嫌だし』
『…………さいですか』
呆れたようにラビが肩を竦める。
僕はラビが何が言いたいのか、やっぱり良く分からなかった。
『十四番目? ノア? 知ったことか、そこのクソモヤシはモヤシだろ。似非紳士の女たらし野郎。それ以外の何だっつーんだよ』
これまでだったら暴言としか受け取れなかった言葉に、救いを感じたのは何故だったんだろう。
中央庁からの監視、異動組からの疑惑の視線。知らない記憶、僕とマナしか知らない記号。師匠に背を押してもらいたいのに、その傍には行けない。
そんなある意味で精神的な限界の中で、彼女のその言葉は確かに僕にとって救いだった。…………よりにもよって彼女の言葉に救いを感じるなんて納得行かなくて、そんな素振りはけして見せずに文句を言っていたけれど。
何かが少しずつ、変わってた。
そして僕は、ロードと共に。
それを、識った。
アルマという友人。
生み出されて初めて出会った同じ立場の人間。
彼を見る神田の目の中に、彼女自身ですら気付いていなかっただろう、恋と呼ぶにはまだ幼く淡い感情の芽生えが僕に見えたのはどうしてだったんだろう。
辛く苦しい日々の中で小さな手を重ね合わせた彼らは時折笑いあい、戯れのように大人の真似をして口づけを交わす。そしてくすぐったそうに笑うんだ。その笑みに、どうしてか胸が締め付けられるように痛んだ。
『ユウ、大きくななったら僕のお嫁さんになって?』
『…………? 別にいーけど。およめさん、って何だ?』
そんな、言葉の意味すらよく分かっていない中で交わされた幼い約束。
指切り、と言いながら結ばれた小指同士。
その約束は果たされず、彼らは考えうる限り最悪の結末を迎えた
『アルマ、』
彼を呼ぶ神田の唇が震える。何時だって辛辣な言葉しか吐かなかったその唇が、震えてる。
必死に痛みを押し隠して、尚六幻を向けようとする震える腕は、細くてとても頼りない。そんな筈じゃなかったのに。いや、そんな風には見えてなかったのに。
嗚呼彼女は、大人になった彼女は知っていたんだ。あの小さな少女だった頃自分が抱いていた感情の名前を。
君はずっと、初恋を引き摺ってたんだね。
二人をマテールに送るその瞬間、柔らかな表情で神田は僕を見て言った。
「礼を言う、アレン・ウォーカー」
その言葉に、その表情に。
僕は初めて自分がああも彼女が気に入らなかったのかその理由を悟った。
僕は君に一目惚れしていた。
だけど君の目に僕は映ってなかったから、それが悲しくて同時に腹立たしかった。
初めて僕に笑顔を向けてくれた君の目に映った僕の顔は、呆れるほど間抜けな男の顔だった。