「うっうっうっ…………」

 ぺたりと床に座り込みながら顔を覆って泣いている中年男性を冷ややかに見下ろしながらクラウド元帥は溜息と共に、

「泣くなティエドール、いい年した大人が…………全く」

 中年男性の泣き顔など見て楽しい物ではないし美しい物でもない。そういうのは今隣に無言で立っているリナリーがやればこそ似合う物だろう。

「うぅ…………だってだって!」
「だっても何もあるか、阿呆」
「困りますよティエドール元帥、元帥居住フロアは向こう二ヶ月使用不可能になりましたよー?」

 室長コムイも半ば呆れ気味に文句を言う。最も妹リナリーが結婚となればコレと同じ、若しくはそれ以上の被害を出しかねない彼には誰も説教されたくないだろう。
 クロス元帥の弟子アレン・ウォーカーとティエドール元帥の愛弟子(本人曰く愛娘)の神田ユウは結婚を間近に控えた婚約者同士だ。それは教団中に周知され受け入れられている――――――眼の前の男、ティエドール元帥以外にはだ。
 クラウド元帥とてティエドール元帥が強硬に反対する理由の内幾つかについては、まぁ、理解できなくもない。アレンの負う若くしての多額の借金と師匠譲りであろう女癖の悪さ。それは娘を嫁がせる側にしてみれば多大な不安を抱かせるには十分だ。
 が、しかし、同時に好きにさせればいい、とも思っている。あの二人は確かに若いがけして子供ではない。大人としての分別も兼ね備えている。結婚というものが互いに対して責任と義務を負う事である事もある程度束縛を伴うことで事も、理解しているだろう。寧ろ理解していると思いたい。

「ウォーカーの借金でユー君がお腹を空かせるような事になったらどうしたら!! 浮気されて泣かれたらどうしたらいいんだい!?」
「食事は元々無料だろうが。大体神田が泣き寝入りなどあり得ないだろう。お前は弟子の何を見てるんだ?」

 神田ユウならば伴侶の浮気には実力行使を以って応じるだろう。そもそも大人しく、泣きながら夫若しくは恋人の帰りを待つような女は教団にはいない。揃う女達はいずれも気が強いのだから。
 辛辣なクラウド元帥の言葉にティエドール元帥は「でも、だって」を繰り返す。
 
「そういえばコムイ、ルベリエ達の容態は?」
「二人共重傷ですが命に別状はありません。リンク補佐官が上手いこと庇ったようですね」
「良かったな、致命傷でも負わせたら中央庁が何を言い出すか」

 というより致命傷を負わせた時点で人として問題が――――――否、現時点で既に問題だ――――――あるのだろうが。

「所でクラウド元帥、クロス元帥は…………」
「逃げた」
「ですよね」

 極めて簡潔な返答にコムイは肩を落とす。今一方の当事者(というより話によれば事の発端はクロス元帥がティエドール元帥を挑発したらしいのだからむしろ元凶だ)が居ないというのは些か公平を欠いた状態だろう。

「ソカロが相手になっていたからな。捕獲に興味を示す奴ではない」

 かの戦闘民族ことソカロ元帥は元帥同士で争う大義名分を手に入れ喜び勇んで挑み掛かっていたが、逃げ出されて興が醒めたとばかりに何処かに行ってしまった。何時ものことだ。
 クラウド元帥が溜息を付いている横から、大人しく兄と元帥達のやり取りを見守っていたリナリーがトコトコとティエドール元帥に歩み寄った。
 座り込んでいるティエドール元帥に視線を合わせるように腰を降ろした彼女の手には一枚の紙。

「?」

 気配に鼻をグズグズ言わせながら顔を上げたティエドール元帥に向かってリナリーは一言。

「教団の建物の修理費用の請求書です。――――――半額、お給料から差し引かせて頂きますね」

 その、何処かどこぞの不良元帥を思わせる笑顔にティエドール元帥は声にならない悲鳴を上げた。









「師匠から何を貰ったんです?」
「さぁ…………何だろうな」

 夕方。
 ユウに個室までご飯を持ってきて貰って(僕の量だから彼女は食堂と此処を何往復もしていた、申し訳ない)、一緒に食べた後。
 食器類を戻し終え(余りの量の所為か、見かねたらしい医療班の人達がユウを手伝っていた、ごめんなさい)、ユウはまた僕のベッドの傍でスツールに座っている。
 その膝の上にはさっき師匠がユウに渡していった分厚い本。装丁は余りこの辺りは見かけない、どちからといえばエキゾチックな、東洋の物のような感じだ。
 ぺらり、と表紙を捲ったユウはぎょっとしたような顔をして、直ぐに閉じた。

「ユウ?」
「っ!?」

 ユウの頬は見る見るうちに赤くなる。
 一体何が…………

 半身を起こして彼女の膝の上からその本を持ち上げて、適当に真ん中辺りで開いてみた。

「うわぉ」

 思わず間抜けな声が出る。
 男女の交わりの図を表したこれはなんて言ったかな、そう、ウキヨエ? じゃなくて、何かこう…………シュンガ? とか言う奴だ。多分。東洋のポルノ的な物だと思う。だけど何だかシュールにも見える。
 …………っていうか何で師匠こんなの持ってるんだろう。ってこれ、教団のだ…………背にはラベルが付いている。何を保存してるんだろうこの教団。
 絵の下には何やら文章があるけれど僕には読めない。ユウなら分かるだろうか。
 文章の意味を聞いて見ようと本の絵からユウに視線を向けるとユウは真っ赤になって頬を抑えていた。

「〜〜〜〜〜〜〜!! 燃やせっ!!」
「駄目ですよ、これ教団の本です」

 何を考えて師匠がこんなの置いていったか分からないけど。

「後で返して、…………」

 …………うーん。
 でも僕らが借りたと思われるのも何かヤだなー…………。

「取り敢えずこの辺置いときますね」
「捨てればいいのに…………」
「だから捨てちゃ駄目ですってば」







 ちなみに中身は枕絵(春画)。
 十九世紀頃の日本は嫁入り前の娘は枕絵とかで性教育されてる時代だと思われる。まぁ仮想だけど。
 この後神田嬢はこっそり見ては赤面するを一人で繰り返す。


 アレン×神田トップへ
 小説頁へ