割と簡単に進展

 あ、紳士がログインしたりログアウトしたり。
 割と双方共にデレてる。あと物凄い勢いで時間が経ってる。途中で二年位経ってる。






 季節が巡っても僕らの旅は続いた。
 立ち寄った街の一つで貰い受けた剣を腰に差してローブのフードを目深に被った神田は今日も静かに僕の後ろを歩く。元々饒舌な性質じゃない。
 何度かリナリーを始めとした教団のエクソシストの面々と遭遇した。その度に見逃してもらっている。いや、一度ソカロ元帥と遭遇した時は正直ヤバイ、と思ったけれど。
「僕」を追うのは一向に構わない。だけど此処に神田がいる、それを知られるのだけは避けたかった。



 マテールを離れてから大分時間が経って、夜、神田がアルマの名前を呼びながら泣くことは少なくなってきていた。
 同じベッドで眠るその距離も少しだけ近付いている。直ぐ側で眠る温もりは、眠りに落ちる寸前毎に「けして手放してなるものか」と決意を固くさせた。
 時折、朝寒いと僕らは抱き締め合った状態で目を醒ました。何時の間にか僕の背は神田を越え、彼女をすっぽりと腕の中に抱きしめられるようになっている。最初のうちこそ驚いて――――――時々それは非難にもなった――――――声を上げていた神田も、もう騒ぐ事も無い。

 そう、無かった、んだけど。

「…………」

 ベッドの真ん中に置かれた丸めたタオル。
 細長いそれは境界だ。これ以上入ってくるな、という彼女からの意思表示。困った、眠ってる間に少しだけ触れたのに気付かれたんだろうか。

「こんなのあったら邪魔じゃないですか」
「…………うるせぇ」

 そっぽを向く神田と、そういえば此処二日ばかりまともに視線を交わしていないのを思い出した。此処二日、何時も彼女はそうやって視線を逸らす。以前は相手を射ぬかんばかりの強い眼差しを向けてきた人なのに。

「神田、」
「!!」

 肩に手を置くと、乾いた音と共にその手は勢い良く叩き捨てられた。
 ほんの僅かの痺れに似た痛みよりも、振り払われた事実よりも、その瞬間彼女が向けた怯えた視線が気になる。

「ねえ、神田?」
「っ、触んなっ!!」

 振り払われた手をもう一度彼女の肩に載せる。すると再び神田は振り払おうとした。体を固くして、明らかに警戒している彼女はまるでヤマアラシみたいだ。
 最初からそうであれば分かるが、一刻は平然と近くにいたのに突然これだ。理解出来ない。
 
「どうかしましたか?」
「…………っ!」

 二度目は予想が付いていたから簡単に振り払われはしなかった。怯える彼女に触れるのもどうかと思うが――――――実際、彼女が怯えや恐怖の表情を浮かべることが苦手だった、それは見てしまった彼女の過去を思い起こさせて息苦しくなる――――――止められない。
 直ぐ傍まで顔を近づけ(それはそのままキス出来るほどの近さだ)、漆黒の視線を無理矢理絡めとる。けれど直ぐに彼女は逃げるように目を閉じた。

「何か君の不興を買うようなこと、しましたっけ?」
「――――――!」

 以前の僕の言動になら幾らでも心当たりがある。でもこうして旅をしている間には、その手の言動の一切を封印していた。それは多分二度と解除されることはないだろう。
 ぎゅ、と堅く閉じられた目尻には涙が浮かんでいる。
 怖がっている。あの彼女が、この僕に。こんな日が来るなんて思いも寄らなかった。

「教えてください、じゃないと…………このままキスしちゃいますよ?」
「っ!?」

 ビクッとした彼女が目を見開く。直ぐ目の前にあるのは僕の顔だ、また逃れるようにそっぽを向こうとしたけれど頬に手を宛てて阻んだ。

「駄目です。ちゃんと人の目は見る」
「、」
「言ってくれないと今夜一晩このままですからね」
「や、」

 抗議の声を上げた唇に、唇を重ね合わせた。
 瞬間瞳が零れ落ちそうなくらい目を見張った神田が、今度は強く僕の胸を叩く。けれど成長した男の体をそんな衝撃程度で退かせられる訳がない。
 少しだけ開いた唇の合間から舌を捩じ込んで口内を犯す。
 アルマとの子供同士の幼いキスや、家族のような関係だった人々との親愛の情を示すキスとは根本的に違う、欲情から来るセックスの前触れ。
 叩いた僕の胸の辺りの布地を堅く掴んだ神田は息を止めている。窒息してしまいそうだったから唇を放して一度呼吸を促した。
 呼吸が落ち着くまでは待っていよう、と見守っていると。

「お前が、」
「?」

 神田は苦しそうに胸を上下させながら、涙目で僕を睨んだ。

「お前が触ると、息が苦しい、体がおかしくなる…………っ!」
「…………、」

 …………それは。
 いや、多分違う。きっと違う。幾ら何でもそんな都合の良い妄想は出来ない。

「嫌だ、嫌なんだ、俺の中に入ってくるな…………!」

「そこ」は、アルマの場所なのに。

 うわ言のように口走る神田を抱きしめた。

「忘れて、なんて言いません、言えません。ずっと彼を想ってたっていい、だから神田、――――――僕を見てください」

 それはずっと伝えたかった言葉。
 泣きじゃくる神田を抱きしめながら、僕は何度となく囁いた。





『君が好きだ、愛してる』






 ・ ・ ・ ・






 懐かしい場所、懐かしい顔。
 漸く帰って来れたホーム。
 僕らが門近くに姿を現すと、どれくらい前から気づいていたのだろうか。中から人々がわっ、と飛び出してきた。

「アレン君!!」

 その先頭を走ってきたリナリーに強く抱き締められる。

「リナリー、」
「心配、したんだからね!?」

 半分泣いて半分笑う彼女に笑顔で応える。

「…………はい」
「よく、無事で…………戻ってきてくれたね、」

 コムイさんが、あの教団襲撃の時ですら涙を流さなかったコムイさんが、泣き笑いのような顔で僕の頭を撫でる。

「でっかくなっちまって、まぁ。…………無事でよかったさ、アレン」
「ラビ、」

 リナリーの後ろにはラビと、それから、

「…………。無事で、何よりです。ウォーカー」

 リンクの姿。
 それから他のエクソシストの皆、科学班、一緒に任務に出た事のあるファインダー、ジェリーさん、医療班の人々。
 色んな人が僕の頭を撫でたり抱き締めたりして、喜んでくれた。
 …………それはがとても嬉しくて。

「所でアレン、後ろのそのフードはどなたさんさ?」

 あっ。

 そうだ、忘れてた!
 彼女はフードで顔を隠してるんだった!

 僕からかなり離れたところで佇んでいたユウは真っ黒いフード付きのローブを着ている。顔も体も隠せるそれは旅の間随分重宝したものだけど、今日これからは無用になる。
 何故か近くに来ない彼女のもとに駆け寄る。他の人達も僕の後をついて、近寄ってきた。僕にかそれとも他の人にか、ユウはじり、と後退りした。

「どうしたんです? それ、取りましょうよ」
「…………」

 ユウは無言でフードを手で抑えた。それは「絶対嫌だ」の意思表示だ。

「「「「「「?」」」」」」

 後ろでは色んな人々が不思議そうな顔をしている。

「ほら、挨拶しなきゃ。ね?」
「!」

 軽く引っ張った…………つもりが、ビリッと行った。
 あ…………。まぁ、いいか。もう使わないものだし。

 フードを破り取られた事でその中に収まっていた彼女の長い髪がさらりと落ちる。驚きの表情を浮かべている彼女の顔は赤い。
 直ぐ側まで来ていた彼らが、息を呑んだ。
 それはそうだろう、ユウの扱いは僕にマテールに送られて以降、「限りなく死亡に近い生死不明」という扱い(それは逃亡中、出食わしたラビやマリに聞いた)だったのだから。

「神田…………っ!」
「ユ…………っ」

 リナリーは耐え切れない、と涙を零し、ラビは名前を呼びかけて止まった。絶句している。

「生きて…………」

 コムイさんも、そう呟いたきり二の句が継げないようだ。
 最初に動いたのはやっぱりリナリーだった。ユウを強く抱きしめて、それから早口で何かを話しかけ、声を上げて泣き始める。
 そんなリナリーの背に、おずおずとユウも手を回した。相手が男なら妬いてしまうけれど、リナリーなら大丈夫だ。
 リナリーが神田を抱きしめながら泣いている間、最初の驚愕から立ち直ったらしいラビが話しかけてきた。

「ユウと一緒に?」
「ええ。マテールで合流して、それからずっと」
「…………はー、全然気づかなかったさ。お前さんも相変わらず人が悪い。俺らがユウの事心配してたの知ってた癖に」

 ラビが唇を尖らせて僕を軽く睨む。

「すいません。でも知られて彼女が連れ戻されるのが、どうしても嫌だったので」

 追っ手が激化しても困る。

「それはまぁ…………、じゃあ本当にずっとユウと一緒だった? 何かまぁ、良くさね。喧嘩しなかったんさ?」

 ん? という顔でラビが言う。
 …………あぁ。そうだ。知る訳ないんだ、この場に居る中では僕とユウ以外の全員が。それはそうだ、僕らは此処に居た頃半端じゃなく不仲だったんだから。
 そうだ、もう公開してしまおう。どうせ遅かれ早かれだし、彼女に虫がついても困る。

「ユウ、」
「…………『ユウ』?」

 僕が彼女を呼ぶとリンクが驚いた顔をした。その呼び名は此処ではラビしか使わない。けれど今はそれに構うことはなくて、

「アレン?」

 リナリーの背中をポンポンと撫でていたユウは顔を上げた。
 涙目のリナリーも一緒に僕を見る。
 聞きなれない僕らの互いの呼び名にだろう、注目する彼らの視線が十分に集まった事を意識して、ユウの頬に手を添える。僕のほうが大きいからこんな仕草も今は簡単だ。

「アレ、んっ…………」

 少しだけ仰がせたその唇に、自分のものを重ねた。

「まぁ…………!」
「…………!?」
「なっ…………!」

 ちゅく、と小さな音を立てて驚きに目を見張ったままの彼女の唇の中に舌を這わす。
 暫く舌で探り、愛撫のためのキスをしていると。

「…………っ! 人前で何してんだコラッ!!」
「いたっ!」

 バシンッ!!

 ユウに頬を引っぱたかれた。でもユウの顔は真っ赤だ。それがけして拒絶からではなくて、恥ずかしさから来ているのは誰が見ても分かる。

「すいません、次は人前じゃない時にしますね」
「そういう問題か…………?」

 悪びれずに答えると周囲に居た誰かが呟いた。んー、知りません。

「…………何、そういう事?」
「ええ、こういう事です。分かったらユウに手を出すのはやめて下さいね? 僕も帰ってきて直ぐにまた出てかなきゃならないような事は避けたいですから」

 ラビが小さく「おっかねー」と呟いた。

「ところであの。帰ってきて早々で申し訳ないんですが…………ティエドール元帥は今ホームに?」
「あ、あぁ。いらっしゃるよ。この騒ぎだ、間もなく出てこられると思うけど…………」

 コムイさんがかくかくと頷く。今の一連の事でこれから僕が何をしようとしてるか理解してるんだろう。そしてそれに伴うであろう騒動も。

「お、おいアレン。本当にやるのか? あの人、とてもじゃないがそう簡単に頷くとは…………」
「分かってます。分かってるけど、やるんです。僕が認めて欲しいんですよ」

 不安そうなユウをそれ以上心配させないように笑顔で見つめる。



 暫くの後、門の奥からやって来た「ウォーカーが帰ってきたって?」と出てきたティエドール元帥を見るなり僕はその場で勢い良く土下座した。周囲が音を立てて引いた。

「…………え? 何? 何だい?」

 元帥は一瞬驚いたような声を上げたがそれは直ぐに止まった。恐らくフードをとっているユウを見て絶句してるんだろう。彼女が無事であったことに、後で喜びに変わる驚愕を感じているはずだ。そんな彼がユウに声をかける前にと、僕はその場で石と土を睨みながら叫んだ。

「ティエドール元帥…………突然の上に手土産の一つもないままで不躾なのは分かってます。でもどうか言わせてください…………ユウをお嫁に下さい!!!」

 暫しの後、教団門前は悲鳴に包まれた。





 ティエドール元帥「ゆ…………許さないよウォーカー!!!!」
 前振り終了っ!


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