「御久しゅうございますわ、御台様」
「女院も、ご機嫌麗しく」

 にっっっっっこりとリナリー様が微笑みました。
 その先には、同じ様に笑みを浮かべてみせる御台所様がいらっしゃいました。

 上様がリナリー様にとって義理の息子のようなものならば、その御正室である御台所様は嫁のようなものでしょうか。
 しかしながら現実には、現御台所様はリナリー様よりも大分…………相当…………? 年上です。
 十一年前に、当時まだ幼かった御三家の次期当主たる今の上様の元に輿入れされた御台所様。
 その御血筋は皇統に連なり、ご本人も皇位に近い皇位継承者でもあらせられます。
 そのお身の上の為に、現在大奥の中では御台所様に口出しできる者はおりません。
 なので御台所様が朝から飲んだくれてようが舶来物の煙草で部屋の中を煙で充満させてようが、奥女中相手に不埒な悪戯をしてようが、城下にこっそり抜け出して行って怪しげな賭博場に出入りしてようが、文句を言える人間はおりませんでした。
 
 そのお方は、焔<ほむら>の宮様――――――真名クロス――――――と申されます。
  
「私、折り入ってお願いがございまして参りました」
「…………ほう、それはどのような?」
「是非に、上様との間に御子を成して頂きたいのです」
「――――――…………」

 御台所様は、意表を突かれたのか僅かに目を見張りました。

「それは異な事をおっしゃられる」
「事は重要でございます。上様が将軍となられてから早二年――――――御子の一人も出来ないと言うのは…………」

 リナリー様の夫君であった先の将軍様は、リナリー様が所謂ご継室であり、また将軍になられたのが高齢になってからだった事もあり御子の一人も成さない内に逝去されました。しかしその一代前まで遡れば、十数人の御子を儲ける事も珍しくは無いのです。

「既に表では口さがない者達が、その…………上様のお体についてあらぬ噂を」
 
 …………御子が出来ない身体では、と噂されているのです。
 しかしそうなると、次代の将軍の座を巡ってまたいらぬ争いが起こるでしょう。先の将軍様が今の上様を後継者に指名したのは、一つにお若く御子が十分に残せるだろうと判断された為です。
 
「…………私の代わりとして、アレンを大奥入りさせたのだが」

 ――――――そう、御台所付き御中臈、白雪の方を大奥入りさせたのは、何を隠そう御台所様。
 それはお歳が近く、見目良い為に御子を残せるだろうという、御台所様のせめてものご配慮です。
 そしてその為に白雪の方は大奥入り半年で御中臈とまでなり、御中臈頭赤翠の方に警戒されるまでの勢力を誇っているのでした。

「――――――御台様。最後に上様とお会いなさったのは、何時ほどでしょうか」
「ん? ――――――さて、」

 いつだったか、と御台所様は考え込む顔です。
 
「そうだな、公の元服の儀の辺りか…………」

 ――――――上様と御台所様が親しくなさらないのは、一つに余りにもお歳の離れているのが原因です。
 御台所様が興入れの際に、「何が哀しくてこんな餓鬼相手に婿入りせにゃならんのだ…………」と文句を付けていた事は周知の事実でございます。
 皇位に近く、また年上の御台所様に上様は遠慮なさった為、お互い干渉しないままに、当然褥も共にしないまま上様は将軍になられ、伴って御台所様も元の領地から江戸城大奥に入られました。
 それ以降も朝の総触れにもお仏間参りにも出ない御台所様は上様とは全く顔を合わせていないのです。

 御台所様のお返事に、リナリー様は微笑みました。
 それは「にっこり」というより「ニヤリ」というのが正しいような笑顔でしたが。

「まぁ、それは勿体無い! 是非に一度、お顔を御合わせ下さいな」
「――――――ほう?」
「貴方様から見れば上様は頑是無いただの子供であったかもしれませんが――――――」



「しかし、子供は成長するものですわ。一度御覧なさいませ。――――――案外に具合良くお育ちかもしれませんわよ?」



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