「上様、お茶のご用意が出来ております。一息付かれてはいかがでしょう?」
「…………ああ、貰う」
文机に向かい裁可、不裁可を連ねていた上様は、筆を置かずにお女中の声に応じました。
「御前、失礼致します」
お女中が碗に入れた抹茶を運んできます。
文机の隅に碗が置かれました。
「ご苦労」
碗を置いたお女中は静々と部屋の襖を閉めました。
その間にも上様は書状から視線を逸らしません。
――――――なので、上様は気付きませんでした。
そのお女中がご自分付きのお女中ではなく、リナリー様付きのお女中であった事に、です。
――――――半刻後。
「…………失礼致します」
数人が、上様のお部屋にそっと入室しました。
――――――碗が転げ、上様は意識を失いその身体を畳に投げ出しています。
彼女達は目を合わせて頷き合うと、そっと上様を数人掛りで担ぎ上げました―――――――。
「御台様、上様をお連れいたしました」
「ああ」
御小座敷にいらしゃった御台所様は、お女中の声に応じてご寝室、切形の間に姿を現しました。
「―――――――ほう、」
そして其処の中央に引かれた蒲団の上で眠る上様をご覧になり、感嘆の声を上げられました。
漆黒の髪。すらりと長く伸びた手足。とても殿方とは思えぬほど細い腰、全体的に華奢なお体。意識無く眠るその顔は無防備で幼くも見えます。色が白く、唇だけがまるで紅でも刷いたかのような鮮やかさ。
「親が親だ、全く期待してなかったが…………鳶が鷹を産むとは正しくこのこと」
そう呟いて、御台所様は早速上様の帯を解きに掛かります。
その様子にお女中達は、気を利かせてそっと退室しました。
――――――衣擦れの音だけが、部屋の中に響きます。
「赤翠の方」
「うん? あ…………コムイ?」
私室で休憩中の赤翠の方の元に現れたのは、大奥を仕切る御年寄コムイ。
先の御台所リナリー様の実の兄君でもあらせられます。
「…………と、アレン?」
…………その彼が連れていたのは、同じく御中臈で好敵手の、白雪の方。
「上様をご存じ無いかい? 執務の時間なのにお部屋にいらっしゃらないんだ」
「コムイ、皮肉? 来る訳ないじゃん、ユウが」
知らず棘交じりの声になるのに、白雪の方が肩を竦めて、
「まぁそりゃそうでしょうけど。僕のトコにまで一応コムイさん来た位なんですから言わないであげてくださいよ」
…………赤翠の方よりも尚、遠ざけられている白雪の方がそう呟きました。
「…………ま、それは置いといて。上様が執務のお時間にいらっしゃらいのなんて初めてなんだ」
「確かに珍しいさね…………」
責任感が強く、誰よりもそうらしくあろうとする上様。
十六でその座に就かれてから、誰の目にも解るほどしっかりとその務めをこなしていらっしゃいます。
――――――ただ一つ、跡取りを残す事を除いて。
「…………居間は見たんだよね?」
「当然。だけど、いたみたいなんだけど、いないんだよねぇ…………」
「…………じゃ、ちょっと見に行くさ?」
そうして大奥の実力者お三方は、共に連れ立って上様のご私室へと向かわれました――――――。