「ユウー、いないよねー?」

 上様のご私室。 
 文机の上に決裁しかけの書状が残り、碗に僅かに抹茶が残りとかつてそこに上様がいたという名残を残しつつもその人影は見当たりません。

「ほんと、何処行っちゃったんでしょうね上様…………」
「うーん……………………、あ、れ?」

 部屋を見回していた赤翠の方は、ふと違和感に首を捻ります。

「どうしたんだい?」
「あれ、この碗…………ユウのじゃないさ」

 そこにある碗とは、灰に青味掛かった碗です。

「これ、どっかで……………………、あ、分かったさ! リナリーのだ!!」 
 
 ぽん、と手を打ちます。

「え? リナリーの?」
「でも、何で? リナリー来てた訳でもないだろうし…………」

 将軍たる上様や、先の御台所リナリー様の使われるような茶器はいずれ劣らぬ名匠の手によるもの。
 一つ一つに相応の金額が付く為、管理も厳重です。当然誰かのものと混ざるようなことはありません。
 
「…………これ、」

 ひょい、とそれを掴んだ白雪の方がそれの残りを覗き込んで、眉根を寄せました。

「なんか、変な匂いがする…………」
「え?」
「アレン君?」

 思わず御年寄コムイさんが真名で呼びかけます。

「…………、」

 白雪の方は、その残りを僅かに指に付け、一舐めし――――――次の瞬間、懐から取り出した懐紙で口許を覆って吐き出しました。 
 
「アレンっ!!」
「コムイさん、これ変な味…………薬入ってます…………」
「…………まさか、」

 御年寄コムイさんの顔色が、さっ、と代わりました。

「ユウが、」

 赤翠の方も、喘ぐように続けます。
 冷えた塊が胃の中に落ちるような不安に、三人は顔を見合わせました…………。









「ん…………、」

 上様は小さく呻いて、仄かに感じる感触に声を上げられました。
 くすぐったいような、生暖かいような。不思議な感触です。

「う、ぁ…………?」

 何故かとても重たい瞼を開いて、そこに広がる紅に、驚きに目を見開きました。

「なっ…………!」

 その「誰か」は、あろうことか上様の着物を開いて、その胸に悪戯をしていたのでした。

「なっ…………、なっ!?」
「ん? 目が覚めたのか…………」

 紅い髪の、大男です。
 思わず誰だと罵倒しようとして、上様は慌ててそれを飲み込みました。

 ――――――鮮やかな紅。
 ――――――此処に住む誰よりも派手な衣装。
 
 子供の頃見た時より全く変わらぬその容貌が、記憶の中のそれと一致します。

「…………宮様…………」

 ぽつり、と上様は呟きました。
 …………未だ組み敷かれたままの格好です。  

「一体、何をなさっているのですか…………?」
「何を、とは妙な事を言う。夫婦が褥を共にする事がそんなに不思議か」
「――――――え」

 一瞬ぽかん、とした表情を浮かべた上様はゆっくり事情が飲み込めてきたのか、数秒後さぁっ、と顔を蒼褪めさせました。  
 
「…………な、」
「折角俺が用意してやった側室にも、コムイが選んだ側室にも手をつけてないそうだな。お陰で女院に泣きつかれた」
「ッ、リナリー!!」

 そのお言葉に上様は全てを察しました。
 あれもこれも全て、リナリー様の差し金なのだと。

「――――――なら、俺が直々に相手になってやろう。これだけ見目麗しく育ったなら文句も無い」
「やめっ…………!」

 ――――――覆い被さって来る大きな影に、上様は小さく悲鳴を上げられました――――――。



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