バタバタバタバタッ
凄まじい速さで、裾が汚れるのも厭わずに走っていくお三方を周囲は唖然としながら眺めています。
もしも上様が賊に襲われたにしても、上様を城外に連れ出すのは事実上不可能です。大奥の警備はそれほど緩くはありません。
ならば、上様は必ずまだ大奥内にいる筈、とお三方は走り回っているのですが…………
「くっそ見つからねぇさ…………!」
「あと見てないの、何処でしたっけ!?」
「あとは、新御殿の方くらいしか…………」
新御殿とは御台所様の居室であり、ご寝室切形の間を含め数部屋があります。
「…………一応、見に行こう。無断に立ち入る無礼には、僕が後で詫びるから」
本来そこは御台所様の許し無く、御台所様付きのお女中でもない人間が立ち入っていい場所ではありません。
しかし今は、一刻をも争う事態なのです。
お三方は北西の新御殿へと向かいました――――――。
「な、一体何事ですか!?」
新御殿。
詰めていた火之番のお女中達が、その様子に驚いたように顔を見合わせます。
「上様を御見掛けしませんでしたか!?」
同僚の白雪の方の言葉に、彼女達ははっ、としたような顔をしました。
「上様は、どちらに!?」
「…………存じ上げません」
…………ぷい、と横を向いてそう言いました。
「…………上様は、何者かに怪しげな薬を盛られた上、連れらされた可能性があります」
そこに、御年寄が一歩踏み出し、彼女達を見据えながら仰られました。
「ともすればお命の危機があるやも…………その事を知りながら、貴方達は口を閉ざすのですか」
「「「…………っ」」」
…………御年寄は、「表」の老中にも匹敵する権力者です。
特に上様の信任も厚い今の御年寄コムイさんは、現在大奥のお女中達の中では間違いなくトップクラスの権力者です。
…………けして位の高くない火之番のお女中達が、逆らっていい相手ではありません。
「う、上様は、」
しどろもどろになりながら彼女達が口を開きかけた瞬間、涼やかな声がそれを遮りました。
「上様だったら御台様の下にいらっしゃるわよ」
「お、大御台様っ…………!!」
「「「リナリー!!」」」
そこに姿を現したのは、大奥は西丸の女主人、先の御台所リナリー様でした。
「そんなに驚くこと無いじゃない。…………上様を探しに来たの?」
「…………ご政務の時間になってもいらっしゃらなかったからね。心配したよ」
最愛の妹君の登場に、御年寄の表情は和らぎました。
「…………しかし、上様が、御台様に?」
「あら、ご夫婦が一緒にいらっしゃる事がそんなにおかしいのかしら?」
「おかしくはない、おかしくはないんだけどねリナリー。知っているだろう? あのお二方は…………」
けして仲睦まじくは無い、そう続けようした瞬間。
『――――――や、ぁ――――――っ、!!』
上様の悲鳴が、聞こえてきました。
「なっ、」
「ユウっ!!」
赤翠の方と白雪の方はその声に思わず駆け出しました。無礼も非礼も、知ったことではありません。
「…………あら、」
走り去っていくお二人の後姿に、リナリー様が小さく声を上げました。
「リナリー、これは一体…………」
「…………これが一番お世継ぎ問題を解決するのにいいと思ったの」
「…………お世継ぎ問題を?」
「そう。上様が側室を選ばないから側室同士が大奥で覇を争う。御子が無いから御子の出来ない体と笑われる。――――――だったら御台様の御子を産むのが一番じゃない?」
リナリー様が、さらっ、と仰いました。
「では、あの薬は…………」
「眠り薬よ」
「…………、」
コムイさんは、瞬きを繰り返します。
「…………だけど、失敗かしらね」
リナリー様は、ぽつりと呟きました。
「ユウっ!!」「神田っ!!」
バタンッ
声のした方に向かって走っていたお二人は、ある障子を蹴り破りました。
「「なっ…………!!」」
そこに広がっていた光景に、お二人揃って思わず息を呑みます。
「師匠っ…………」
「何、やってるんさ!?」
――――――そこには、衣服を奪われ、あられもない姿で帯で両手を縛られ拘束された上に組み敷かれた上様と、細いお体を組み敷いていた御台所様がいらっしゃいました。
「…………番はどうした?」
御台所様が面倒そうに、溜息混じりに仰います。
「ユウを放せ…………放して下さい!!」
「何でお前にそんな事言われにゃならん? 『御中臈頭』赤翠の方?」
――――――敢えて役職名を強調した言い方で、御台所様がお返事なさいました。
思わず赤翠の方は言葉に詰まります。
…………将軍ご正室である御台所様とは違い、側室は皆全て所詮使用人。お手つきになり御子を上げたとしても、その身分は基本的に覆りません。運良くその御子が将軍となり将軍生母ともなれば、話は多少違いますが。
将軍家に嫁ぎ、上様の「家族」である御台所様とは、そもそも立場が違います。
将軍付き御中臈と言えども、御台所様にも主人への礼を尽くさねばならないのは自明の理です。
けれど。
堅く目を閉じ必死に歯を食い縛る様にして耐える上様を――――――このままみすみす、お辛い思いをさせられると知った上で放って置く訳にも行きません。
「…………御台所様といえど上様への乱暴狼藉、許される物ではないかと思いますが?」
――――――其処に割り込んできた声に、全員の視線が集中しました。