<14>

 ばたばたと人の足音が聞こえてきます。
 腹の周りの血管を押し、手を紅く染め上げながら止血していたラビはその足音に振り向き…………そして隣のアレンと共に目を見張りました。

「!?」
「なっ!」
「勇者様!? どうして此処に…………!?」

 それはあちらも同じであり、暫し目を見張り互いに凍りつきます。
 …………息を乱して其処にいたのは、王国の酒場の妖艶な女主人――――――アニタでした。

「どうして貴方様が…………いえ、お話は後で…………、ティキっ!?」

 その場でアレンに抱えられて跪く格好のまま動かない人間を認識してアニタの声は悲鳴のような色を帯びました。
 それはそうでしょう、自分の店の雇い人がこんな所で大怪我を負っていたのですから。
 しかし動揺を悟らせたのは僅かにその一瞬、後は常日頃のように気丈な顔で膝が血で濡れるのも厭わずにその場に跪き、その顔を覗き込みます。

「ともかく止血を…………」
「ええ、今傷口を塞ぎますわ。その剣、抜いてくださいませ」

 その言葉に応じてアレンが血で滑る柄を握ります。

 …………ズルッ
 
 嫌な音を立てて抜けた剣は、隣のリナリーに渡されます。
 剣が抜けるとその傷口から血が、まるで水風船に穴でも開けたかのように勢い良く噴出してきました。
 そこにアニタが手を翳して詠唱を始めると、僅かな光と共に傷が塞がって行きます。

「凄い…………」

 その奇跡とも思える術に、リナリーは感嘆の溜息を漏らしました。

「…………とりあえずの止血です。失われた血までは戻せません」
「いや、助かったさ…………」

 溜息を吐いたラビがアレンに目で合図し、二人掛かりでティキの肩を支えるようにして立ち上がりました。
 意識の無い人間の体とは、どうにも重く感じるものです。…………アレンの腕力なら一人でも大丈夫でしょうが、場合によっては放り出すでしょう。

「服も血塗れだし…………着替えさせてからじゃないとベッドにも寝かせてあげられないわ」

 服の、腹の辺りの切れ目とその周辺の黒に染まった部分を見てリナリーが呟きました。

「ま、服なら替えもあるし大丈夫さ」
「先に行って、ティキ寝かせてきますね」

 男三人が宿の中に姿を消すと、残ったアニタとリナリーは二人組、そしてその取り巻き達に視線を戻しました。

「さぁ、皆さん。――――――どういう事か説明していただきましょうか」









「…………う?」

 喉が渇きに痛みます。
 目を開いた瞬間襲い来た眩暈に、反射的に目を閉じました。
 暫くそのままでいてから、覚悟を決めて目を開きます。――――――今度はそれ程でもありません。
 そろそろと手を生暖かいシーツに這わせてから、思い切ってそこに力を込め、身を起こしました。

「…………?」
「あ、起きた」
「よう、ティキ調子はどうさ〜?」
「…………あ、ああ」

 そこにいたアレンとラビは、それぞれだらしなく宿の安楽椅子に深くもたれながら、バリボリバリボリとスティック状の菓子を貪り食っている最中でした。
 バラバラと床に破片が落ちるのを、ティキは何処かしょっぱいものを見る目で見ます。

「…………あれ、俺どうしたんだっけ…………?」
「どうしたんだっけじゃないですよこの自殺志願者」


 ビシッ!


「あいたっ!!」

 ティキの額に硬い何かがヒットしました。
 何だよ、とベッドの上に落ちたそれを見てティキは再度しょっぱい顔になります。
 それは二人が今食べているスナック菓子(アレンの歯型付き)でした。
 菓子を、それも食いかけを人に向かって投げつけるなよ、と溜息を吐いてからそれを拾ってベッドの横のゴミ箱に捨てます。

「全く…………」

 アレンが忌々しげに溜息を吐いて、それから安楽椅子から立ち上がりすたすたとベッドの脇まで歩いてきました。
 その後ろに蠢く黒いオーラにティキの表情は引きつります。

「な、何…………?」


ガッ!


「!!」
「馬鹿だ馬鹿だとは思ってましたけど。――――――本物の馬鹿だったんですね貴方」

 お前には言われたくない――――――そう言い返したいところではありました。
 が、たった今現在、アレンに、それも怒り狂っている(らしい)アレンに胸倉を引っつかまれて引き寄せられた状態でそれを口にするのは余りにも無謀だという事には、馬鹿と評された頭でも分かる事でした。

「何ですか? 美談のつもりですか? 味方と敵を庇って死亡? そんなベタな死に方、今時勇者なんて職業以上にベタすぎて古すぎてちっとも笑えないんですよ」
「おいおいアレン、さり気無く俺まで貶めるのはやめるさ」

 まだ安楽椅子に座ったままのラビが(流石にスナック菓子を貪り食うのは止めていますが)暢気に言います。

「は、はいソーデスネ…………」

 思わず片言になってしまう位の気迫です。

「――――――で。僕を納得させられるくらいの理由は、あるんでしょうね?」



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