<19>


「喜べ。船が出るぞ」
「え、」

 朝。無造作にクロスに言い放たれ、ラビは眉根を跳ね上げました。

「軍に掛け合った。どうせ狸共が寝込んだ所為で開戦は遅れるんだ。船の一隻二隻無くなった所で問題無いだろう」

 …………ああ、海軍の軍船の管理者が昔の部下とかなんだろうなぁ…………

 ラビは遠い目をします。こう見えてもクロスは嘗て軍で最高位の元帥位に居た事もある人物です。当時の新人、下っ端達が今の責任者なのです。…………脅せるような材料は沢山持っていることでしょう。ミスだとか何だとか。

「そりゃまぁ…………良かったけど」
「『向こう』が焦れてきてる。とっとと行ってやれ」
「…………あいよ」

 その言葉に溜息をついたラビは、切なく視線を伏せたのでした。










 北の北、その極限。
 魔界と呼ばれる大陸の、その奥深く。
 其処に聳え立つ黒い城はこう呼ばれていました。
 魔王城、と。

 そしてその最上階。
 王を戴く玉座には、黒き魔王とその配下である赤の悪魔。
 頭痛を堪える調子で額に手をやる魔王の御前で赤の悪魔は配下にはあるまじき態度で対峙していました。

「…………何をのろのろやってるんだ、奴らは」
「さーね。聞いたトコによると船が出なくて足止め食ってるらしいよ。あの国、北の国と対立してるから」
「…………」
「俺が迎えに行ってこようか?」
「…………頼めるか? 此処に辿り着く前に開戦されては…………」
「ああ、それね。もう手遅れっぽい」
「!?」

 さらりと言い放たれたその一言に魔王は目を剥きました。

「北とはまだみたいだけどさ、どうも南の国とは開戦したらしいよ。四英雄の末の一人が邪魔してるらしいけど先兵隊が南の国に着くのは時間の問題だろうね」
「…………馬鹿…………が…………、大体、ディック、お前は何でそんな冷静なんだ!?」
「あのさぁ殿下。俺が言うのはナンセンスだろうけど。――――――もういいじゃん。人間の国なんか、放っとこうよ。俺達は頑張ったよ、ずっとずっと。――――――だけど奴ら、何一つ変わりはしなかった!!」

 突如激昂した赤の悪魔に魔王は口を閉ざしました。

「何度も何度も俺達は殺し殺されてきたのに、奴らはちっとも凝りはしないどうしようもない生き物だ! もういっそ滅ぼしてやればいい!!」
「ディ、」
「父さんはその為に死んだのに、ラビはその為だけに生きたのに、殿下はその為に死ぬのに!! 奴らいつもいつもそれを無駄にする! もういい、たくさんだあいつらの為に誰かが無駄死にするなんて! 死にたいなら勝手に死ねばいいんだ、人間だけで!!」

 怒り狂い床を踏み抜かんばかりにして地団駄を踏む赤の悪魔を魔王は無言で見詰めます。
 そして重々しく、魔王としての威厳を失わぬ声で言葉を重ねました。

「――――――それでもだ。考えても見ろ。戦が起これば人が死ぬだけか? 違うだろう? 人の使う武器は森を焼き地を焦がし、そして毒をばら撒き空を風を大地を水を、世界を穢す。人は自分達が使う武器の恐ろしさに気付いていない」
「…………」
「あの大陸にいる同胞達は殺され尽くすだろう。それとて惨事だがそれで済みはしない。ばら撒かれた毒は雲を通じこの大陸をも穢す。さすれば我らはまたあの地中に戻らぬを得ない。あの太陽の光の届かぬ暗い世界へ」
「…………」
「分かるか? 誰も人の為に死ぬわけでも死んだわけでもない。俺達は同胞の為に死ぬんだ」

 親が子に噛み砕いて教えるかのように、ただ穏やかな響きで魔王は続けます。

「――――――恐ろしくないわけでは、無いが」
「殿下、」
「願わくば、俺が逃げ出さずにいられるうちにラビには辿り着いて欲しいもんだがな」







「あれ? 何見てるんですかティキ」
「あー、これ? 所謂勇者様の英雄譚って奴?」
「あー…………」

 酒場。
 ラビとクロスは先程連れたってコムイの元へ行きました。リナリーも一緒です。
 残っていたアレンとティキは近いであろう出立の為準備だけは整え、今は三人を待つのみでした。

「でもさ、これなんか…………変つか、おもれーよな」
「何処がですかそんな子供向けの話…………」

 アレンの顔には「子供っぽいものを…………」と書いてあります。しかしティキはそれを気にした様子は無く続けました。

「ほら見てみろよこの章ごとのタイトルんとこ」
「タイトル? …………これ、代々の英雄の名前じゃないですか」
「そーそー。この一番後ろのがラビの親父だろ? 十五年位前に魔王討伐に出たって人。魔王と相討ちになったって奴」
「はぁ…………」
「んでさ、この一代前がラビのひい爺さんで…………こっちは魔王を倒して生還してるんだってさ」
「へー」

 アレンは心底どうでもよさそうな顔で頷きます。

「その前は死んで、その前は生きてて、またその前では死んでる」
「…………は?」
「交互なんだよね、これ見てると。生きて帰ってきたのと死んで帰ってきたの。どう思うよ」
「どう、って…………それ本当なんですよね?」
「マジの奴。だって作ったのは国だぜ? 子供向けの導入に、って」
「はぁ…………まぁ、偶然だとしたら珍しいですよね」
「偶然ならね」
「え?」

 ティキの言葉にアレンは眉根を跳ね上げます。

「偶然にしちゃ、出来すぎって気もしなくもないんだけどね」
「…………何が言いたいんですか?」
「いや、何でも? たださ…………俺達が旅に出てからこっち、ラビって魔物倒した事あったっけ?」
「…………」

 アレンは眉根を寄せて考え込みます。
 それ程長くない旅の道でしたが、それでも魔物との遭遇は何度もありました。
 ですが…………

「無い…………気がします」
「だろ? お前さんだったら例えば出会い頭に魔物と遭ったらどうする?」
「殺します」

 ためらいの無い一言にティキは頷きます。

「俺もそう。しかもあいつ勇者だろ? 何か納得行かないんだよな」
「…………」
「ま、いいんだけどさ。裏があったとしても俺はラビに雇われてんだし。だけど…………危ねぇ事じゃねぇといいんだけど」
「…………そうですね…………」




「…………魔物に組するのが勇者とは、とても思えませんけどね」
  





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