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 灯台の小島の岸に船をつけた四人は一気に外に飛びました。
 ぽつ、ぽつ、と頬を濡らす雨は生温く、不快感を煽ります。
 打ち捨てられた灯台は所々壊れかかっており、一見して危なそうです。斥候らしく、素早くティキが中を覗き込み辺りを暫く指で叩いたり、蹴ったりしてからラビ達を手招きしました。

「大丈夫、今にも崩れるって訳じゃなさそう」
「了解」

 最初にアレンが中に入り、続いてリナリー、そしてラビが入ります。
 中は外よりも尚じっとりと湿っています。黴と埃と苔、そして潮の匂いが混じった何とも言いがたい不快な匂いにラビとリナリーは無言で口元を押えました。

「階段何処?」
「こっち。強度も問題ないよ」

 階段の下まで辿り着いたティキがそう振り向いて告げます。…………正直なところ、ラビとしては余りティキに先頭に立って欲しくないのですが今それを言える雰囲気ではありません。

「…………人の声が聞こえるわ」

 リナリーが小さく呟きました。

「なら、誘拐された人達はまだ生きてるって事ですね」

 アレンが敏感に返します。
 
「…………急ごう」

 四人は階段を駆け上がりました。
 







「っ、ひ、助け、」
「――――――五月蝿い。黙ってろ、餌」

 小型の翼竜が床に転がされた数人の首根っこを抑えています。今にも噛みちぎらんばかりの迫力に、人間達は哀れな声を上げる他ありません。
 不快そうに彼らを一瞥したのは黒いフードを目深に被った一人です。
 声に反応したか、低い声で唸り声をあげた翼竜の首を撫でながら独り言のように呟きました。

「殺すなよ。死んだ餌よりは生き餌の方が良い」

 そう、彼は感じているのです。今こちらに向かってきている四つの気配。内二つは殺気立った、そして後の二つはまるでそのつもりもない…………

「『魔王を殺す勇者』にしちゃ、随分と甘い…………」

 ああでも、甘いのは昔からだ。
 そう呟き、そして奪還者を迎え撃つべくドアの正面に向き直ったのでした。









 体当たりの勢いで最上階の――――――それはかつて灯台として現役だった頃は灯台守がいたのでしょう――――――部屋に飛び込んだ瞬間、四人の足はピタリと止まりました。
 渋面のティキがうんざりした様子で溜息です。四人がかりとはいえ些か分の悪い相手でしょう。

「翼竜かよ…………」

 小型とはいえ獰猛な、そして上位の魔物です。それとて非常に厄介な存在ですが、それよりもその直ぐ傍に立つ存在のほうが気になります。
 黒いフードの、一見しては人間のようですが…………

「魔族」

 アレンが底冷えする声で呟きました。
 魔物よりも遙か上位に位置する魔族は、魔物を使役する魔界の支配者層です。但し彼らは一般に自分達の領地より殆ど出てこない、と言われています。
 ですが目の前の「ソレ」が魔族であることを、アレンはほぼ確信したように睨み据えていました。

「ご名答。人間にしちゃ鋭いな」

 嘲るような、笑い声混じりの声。それは若い男性のようでした。

「…………理を曲げて境界を乗り越えて、人を襲う理由は何さ」
「それはお前が一番知ってる筈だ、勇者」
「…………」
「交わされた契約は覆されない」

 何を言っているのか分からない、そんな顔でティキとアレンは油断無く相手を睨み据えます。

「既に理はない。だが血の契約は血を以て贖われる。我等の祖先と我等の子孫の血肉を以てしてだ」
「…………?」
「どうでもいいんですけど、人質は解放してもらいましょうか。じゃなきゃ…………」

 続く魔族の言葉をぶち切って、アレンが自らの獲物、クレセントアックスを構えてずい、と一歩前に出ました。

「…………へぇ。それを使いこなせる人間がいるなんて驚きだ」
「おい、アレ、」
「危害を加えられてやられっぱなしは、ないですよ」

 振り回すクレセントアックスからの風圧に、魔族は軽く肩を竦めました。

「ああ、怖い怖い。恐ろしいな、凶暴な人間」
「やめろ、アレン」
「…………」

 アレンにラビの言葉を聞き入れた様子はありませんでした。
 殺気が辺りに立ち込めます。

「どうして、そうも…………」

 ふわり、と魔族の姿が掻き消えました。
 そして唐突にアレンの背後に現れ――――――

「弱いのに、凶暴なのか…………」

 ガッ!

 容赦無く後ろから魔力の塊で叩き付けられた格好のアレンが、その場に倒れ伏しました。

「っ!」

 咄嗟に応戦しようとしたティキも、腕の一振りで、そこから放たれた魔力に壁際まで吹き飛ばされました。
 リナリーが悲痛な表情で攻撃の構えを取ったのに興味無さ気に一瞥してから、いつの間にか剣を抜いたラビに緩慢に顔を向けました。フードを取り、ラビに向かって肩を竦めます。
 吹き飛ばされていたティキには、その後姿しか見えません。ですが、それはティキに違和感を抱かせるには十分でした。

「怒るなよ、殺すつもりは元から無いんだ」
「お前…………っ」
「別に、魔王の差し金じゃない。俺の個人行動」

 ギリ、とアレンの後頭部を抑えつける力を強めた魔族はそう嘯きます。

「…………アレンを放せ」
「聞けない話だな、勇者。こいつ、人間の癖に力だけは異常に強いんだ。こうしなきゃ押さえ込めないだろ」

 ――――――パリ、と空気が確かに音を立てて割れました。

「!」

 強い魔力の前兆に、その場で動ける全員が眉根を寄せます。
 発生源であろう、魔族ですらです。

「…………おい…………」

 ティキが呟きました。

「抑えろよ、アレン…………」

 その言葉に、ラビとリナリー、そして魔族ですらアレンを見下ろします。
 パキ、パキ、とひび割れるような音がして――――――そして、


「異形」の赤い腕が、魔族に襲いかかりました。
  





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