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「な、んだっ!?」
赤い腕は姿を変え、大きな手として具現し、容赦無く魔族を襲いかかります。初激を辛くも受け流した魔族は舌打ちと共に再度フードを目深に被り、その手に、そしてその手の持ち主であるアレンに向き直りました。
むくり、と立ち上がったアレンの目には光が無く何処も見ていないようでした。それどころか正気であるかどうかさえ怪しいでしょう。その目には目の前の魔族しか映っていないようです。
「…………何さ、あれ…………」
「アレン君…………!?」
息を呑むラビとリナリーとは対照的に、ティキは苦々しい顔をしました。
「あー、クソ。完璧イッちまってる…………」
魔族の気が逸れたことにより自由の身となったティキが素早く起き上がりました。
ラビとリナリーの元へ駆け寄り、そして二人を背に庇います。
「…………そうか、お前…………」
魔族はアレンを油断無く見据えながら、呟きました。
「お前、人魔の混血か」
「…………!」
ティキに庇われていたリナリーが微かに目を見張りました。
アレンはその言葉に反応し、光の無い目に微かに苛立ちらしきものを浮かべます。
更に形を変えたアレンの手は、
「…………大砲?」
どうなっている、と混乱仕掛けたラビの混乱を解いたのは、他ならぬアレン自身でした。
鈍い音と共に打ち出された力の塊は容赦無く魔族を襲います。
「っ!」
ですが同時にそれは背後の壁を崩しました。建物全体に揺れが走ります。
「おいおいおい、崩れるだろーが!」
ティキの怒鳴り声にもアレンは一向に反応を返しません。
「こうなったら、しょうがねぇな」
舌打ちしたティキは、懐へ素早く手を入れました。次に手を抜き取ったときにはそこにあったのは小さな掌サイズの短銃です。
精々女性の護身用にしかならないであろうそれを注意深く両手で支え、アレンに向かって標的を定めたティキは――――――引き金を引きました。
パァンッ!
銃のサイズに似つかわしい、銃撃の音にしては小さな音でした。
そしてその銃弾を受けたアレンはその場で突然倒れ伏します。
「!」
続いてすぐに、ぱっと白い霧のようなものが広がりました。その霧を見た魔族は人間を押えさせていた翼竜に小さく合図を送ると、その背に乗って飛び出していきました。
「混ざりものとはいえ、同胞を手をかけるつもりはない」
去り際に、捨て台詞一つを残して。
「…………ラッキー、退いてくれたよ…………」
「ティキ、それ…………」
「うん、クロス作の封魔の銃。俺のじゃなくてクロスの魔力だから、かなり強いよ」
一発しか弾の入らない構造の銃に、ティキは新しい弾を充填しました。
「…………てーか、アレン」
「後で説明するわ。俺もアンタに聞きたい事あるし」
「…………っ、化物、」
「…………」
ラビとティキのやり取りの途中。捕らわれていた軍人が青ざめてた顔で呟きました。その声に、ラビ達の視線はその男へと向かいます。
その男の視線の先は――――――今は眠りに堕ちているアレンです。既に不可思議な形をした手は人の形に戻っていました。けれど、そこは赤く、そして所々にゴツゴツとした魔物の肌のような質感が見て取れます。
アレンが只人ではないのは、明白でした。
「ゆ、勇者様! そやつは魔物では…………!」
他の捕らわれていた軍人が叫びます。
明確な答えを持っていないラビは黙るしかありません。
「勇者様、討伐を!」
「我等の敵を、討ち倒して下さい!」
口々の叫びはやがて大きな一つの殺意となりました。
苦々しい顔をしたティキがアレンの肩を抱えるようにして引き上げます。
見えないように一つ大きく息を吸ったラビは顔を上げて、きっぱりと言いました。
「これは、俺がクロス元帥から預かった従者だ」
クロス元帥、という名前に軍人がピクリ、と反応します。
現職ではないとはいえクロスの名前は軍籍の者であれば知らぬ者はおりません。南方戦争での英雄でした。
嘗ては軍人であり、また優れた魔導師でもある彼は軍籍である者の憧憬の的です。
その元帥の子飼いの魔物、そう思ったのでしょう。納得したのか軍人達は黙り込みます。
「…………リナリー。下に行って、生存者の救出を船に伝えてほしい。直ぐに出航しよう」
「え、ええ。分かったわ」
外の雨は何時の間にか、嵐のようになっていました。
生存者を船に載せ、そして灯台を離れて暫くした頃、軍の小さな船が近寄って来ました。
生存者をその船に載せなおし、そして進路を来たへと取り直します。
四人と船長だけになった船で、意識ある三人はアレンの部屋へと集いました。
「さて、どこから話してもらうかな」
「まぁ、分かる範囲なら何でも答えるけどね」
其々椅子に座った三人はちら、とアレンが眠るベッドを見ました。
「アレンのあれは何さ?」
「アレンの中の魔族の血と魔力の発現。アレンが危なくなるとオートで発動するみたい」
「魔族の血…………。そりゃ、混血は結構いるけどさ。あんなに強く出たのは初めて見た。一代目?」
稀に、魔族と人の間に子供が生まれることがありました。それは天文学的な数字の確率です。
人里から娘が攫われ、犯され孕まされて戻された、というのも田舎の村では聞くような話です。…………単に父親の知れない子供を身篭った女性をそう扱っているだけでもありますが。
ですが、ラビとリナリーは知っていました。魔族と人間の間に、時として芽生える感情もあるのだと。
「そーいうこと。人間のお袋さんと、魔族の父親の間に産まれたみたい」
「つか、よく産まれたさね」
染色体が違う魔族と人間では子を為す事はほぼ無理の筈です。それは犬と猫の間に子を為せるかという事を考えれば「無理」でしょう。
「それは俺もそう思うけど。でも現実に、いるんだし?」
「そうね…………」
「んじゃー、何で魔族を恨んでるんさ? 近親憎悪的な?」
「あー…………」
ティキは再度アレンを見、まだ眠っていることを確認してから少し声量を抑えて言いました。
「何かさ、俺もあんま詳しく突っ込んでは聞いてないんだけど。母親が、魔女狩りで殺されたみたい」
「魔女狩り、」
ラビとリナリーは顔を見合わせました。聞いたことのない言葉です。
「魔族や魔物と通じた女を魔女って呼んで、村に降り掛かった災厄の原因に仕立てるんだってさ。結構、そういう事してる村があるらしいけど。…………村を魔族が襲って、それの原因にされて殺されたらしい」
「「…………」」
「アレンはどうやったか何とか逃げおおせたらしいけど…………村は暫くした後に魔族に滅ぼされたんだって」
「…………村を、魔族が襲う?」
「そんな事…………」
困惑したように呟くラビとリナリーに、ティキは組んだ手の上に顎を乗せて、少々目を細めて訪ねました。
「どうして無いって思う?」
「「…………」」
途端に黙り込む二人を、じっと見据えます。
「俺はさ。ぶっちゃけ金で雇われてる訳だし、お前の思う通りにすればいいと思ってるけど。だけど世間一般的常識で考えりゃ勇者や四英雄の家系だったら魔族討伐、魔王討伐に出てるもんだと思ってたけど。…………違うの?」
裏があるのか。
ティキは半眼になって、二人に迫りました。
「…………俺さ、見たよ」
「何を?」
「窓に映った、あの魔族の顔。――――――アンタにそっくりだった」
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