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「見た?」
「うん」
「見ちゃった?」
「うん」
「…………はー、」
思わず、といった調子で目元を覆って溜息を付いたラビを、ティキはじっ、と見つめます。
「まぁ色々と、訳ありなんだよね。こっちも」
「へぇー」
どうでもいいからさっさと話せ。
そんな顔で、ティキが相槌を打ちます。
「…………正直、あんまり深いところまで関わらせたくないんさ。知っちまったら、もう知りませんは出来ないからさ」
「…………」
「もう立派に関わってんじゃん?」
「ま、そりゃそうなんだけどさ」
頭をガシガシと掻いたラビは大きく一つ溜息を付いてから、リナリーをちらり、と見やります。こちらも溜息を付いたリナリーは首を横に振りました。そこに込められた意味は、ティキには分かりません。
「まぁ、その、ぶっちゃけ。…………八百長なんだよね」
「八百長?」
「そう。俺達勇者の一族と、魔王の一族の。代々の当主が、ずっと八百長してるんさ」
「…………」
ラビが渋々、といった様子で告げた内容は普通の国民であれば絶句する類のものでした。それは勇者の存在価値を根底から揺るがすものです。
けれど、元々勇者に付いての知識が乏しいティキには大した驚きはありませんでした。
寧ろ、
「…………まー、そんな気はしたんだよねあの本読んだ時。だってアンタのご先祖、死んだり生きて帰ってきたり、一代ごとに交互なんだもん。なーんかうさんくせーと思ったんだよ」
「あはは、バレた? つーかバレねぇのが変だよなやっぱ」
乾いた笑い声を上げたラビは暫くしてから笑い声を収めます。
「八百長の理由は? まさかアンタの一族が勇者としての特権を手に入れるため、とかじゃないよね?」
「流石にそんなちっせー理由じゃねぇさ。…………なぁ。人間が死ぬ一番多い原因は何だと思う?」
「…………原因?」
唐突な問いにティキは眉根を顰めます。
「…………流行病?」
「違う」
「飢饉?」
「違う」
「魔物に襲われて?」
「違う」
「…………じゃー何だよ」
分かんねぇよ、と両手を上げたティキに、静かに目を細めたラビは、
「戦争だ」
一言、そう静かに答えました。
「…………」
「流行病でも、飢饉でも無い。ましてや魔物の襲撃なんて物の数にだって入らないさ。だって魔物から襲いかかって来るなんて殆ど無い。人間が魔物に襲われるのは魔物の縄張りに入っちまった時位だろ?」
「まぁ、ねぇ。…………んでも、アレンの件みたいに魔族に襲われた例だってあるじゃん?」
「んー、その件についてはちょっと調べてみる。普通じゃありえない訳だし。…………でもさ。それにしたって殺された数は精々村一つの数百程度、流行病や飢饉で死んだ数と大差ないはずさ」
「…………」
「デザートローズが滅ぼされた時。殺された数は上は王族から下は庶民まで、合わせて数十万の規模だった」
砂漠の交易地、デザートローズは厳しい環境にも関わらず豊かで大きな国の一つでした。それが小さな王国に滅ぼされたのは、大した軍事力を持っていなかった為です。
王国は、ほぼ無抵抗のデザートローズの民を虐殺し、そしてその死体を山のように積み上げたのでした。
「…………俺の親父は、それを止めようとした」
「? お前の親父さんって魔王討伐に出てたよな?」
何故それがデザートローズとの戦争を止める事になるのか、とティキは眉間に皺を寄せました。
何処か寂しそうな顔で、ラビは。
「強力な外敵が現れれば、人間同士で相争う場合じゃない。だから戦を止めるだろう――――――ってね。俺達の一族はずっとその為に生きてきた。結局デザートローズの時は間に合わなくて、無意味に終わっちまったけどね」
「…………」
驚きに目を見張るティキに、そりゃそうだろうなぁ、と苦笑を浮かべます。
「…………初代の勇者と魔王は、共に賢者だったの。とても親しかったと聞いているわ」
「、へ?」
「…………その頃、人間の国同士が激しく争っていて、大陸の国々全てが戦争していたわ。今は余り聞かないけれど、相手の国を滅ぼす為ならばどんな危険な毒でも何でも使ったの。それは土地をどんな生き物も住めないような不毛の地に変えてしまうような危険なものだったわ」
悲しそうに目を伏せながら語るリナリーは、彼女自身が兄から聞かされていた過去の話です。
「当時魔物が危険、だなんて考えは無かったんさ。種族の違いは国籍の違いと同じように捉えられていて、だからこそ人間同士で呑気に殺し合いやってた」
「戦争は容赦がなかったわ。幾つもの国が淘汰され、何百万何千万と血が流れた。けれど真の問題は人間達が理解せずに使っていた毒。それがこの世界を滅ぼしてしまう程危険な物だという事に、使っていた彼らが全く気づかなかったのよ」
「戦争が広がるにつれて各国は競い合うようにして毒の開発を推し進めた。…………話がでかくなって、もう人間同士の争いってだけじゃ済まなくなってたんさ」
世界を、星を、滅ぼしてしまう程の強い毒。けれど人間はそれが自分の土地をも侵すであろうことを、まるで考えていなかったのです。
敵国だけを滅ぼせればいい、ただそれだけで。
…………その眼に見えない毒が何れ風に乗って自分達の土地に来る、など全く考えもしないのです。
そしてその毒は、別大陸、今は魔界と呼ばれる土地をも侵したのでした。
「…………そこまで来て、初代の魔王は最後の手段に打って出た」
「最後の手段、」
オウム返しに呟いたティキに、ラビとリナリーは頷きました。
「そう。――――――初代の魔王は、人間の国全てに宣戦布告した」
「――――――!」
「人間達は慌てふためいたわ、だってそれまで人畜無害だとばかり思っていた彼らから突然宣戦布告されたんだもの」
「その上で、それが本気であることを示す為に、一つの国を滅ぼした。…………それが今の王国さ。勇者と四英雄の故郷だった、小さな国。ま、嫌な言い方すれば勇者と四英雄が自分達の故郷を生贄に捧げた訳で」
「…………人数が少なかっただけじゃなくて、その頃の王国が技術で持ってた国で、毒の開発の最先端の国だった、って事もあったらしいけれど」
「で、見せしめに滅ぼして、「次はお前の国がこうなるぞ」ってやった訳さね」
「…………」
ぽかん、と口を半開きにしたティキはどこまで理解できているか不明です。あまりのスケールの大きさに着いていけないのでしょう。
「魔王の宣戦布告を受けて慌てた国々は戦争どころじゃなくなったわ。人類共通の敵が現れたんだもの、同胞同士で相争ってる場合じゃない」
「狙い通り大陸全土の大戦争から一転して国々は団結した。我等人類共通の敵、魔王に対抗せよ! ってね。…………魔物の土地を不毛の地に変える事は出来ても、魔物自体には毒は効かなかったもんだから毒の開発は全てストップした。代わりに色々な武器が生み出されたんだけどね」
「大陸全土に魔王の恐怖が染み渡った頃、勇者と四英雄が魔王討伐に名乗りを上げたわ」
全ての国、全ての人間達の望みを託され彼らは北の大地へ向かい、そして。
「そして期待通り勇者は、魔王を討伐した」
「…………」
「そうせざるを得なかった。何時までも魔王が生きてれば勇者の意味が無いと思われるし、それ以前に小さな国一つ滅ぼした魔王はその罪悪感にずっと苦しんでた。見てらんなかったんだろうね。殺すしか、死ぬしか無かったんさ」
「…………はー、」
「で、魔王と勇者の家系には幾つかの盟約が交わされた。一つ。流れる血は交互であること。二つ。平穏のために勇者も魔族も、尽力すること。三つ。勇者の家系は、長子以外を魔王に渡すこと。長子になにか有れば、魔王は受け取ったその子を返すこと。それらは勇者の血を保つためである」
指折り数えてラビが上げた盟約のうち、最後の一つにティキが目を見張ります。
「ってーと、あいつは」
「そう。さっきの魔族の名前はディック。俺の弟。…………魔王の側近やってるよ」
「私達四名家の人間にはそれは適応されなかったけれど、その代わりに絶対に家系を絶やさない事を求められたわ。だから子供達は散り散りになって一箇所には集わないの。もし何かあったときに一斉に血を絶やしてしまうことがないように、って」
…………それであのシスコン、妹と暮らしてなかったのか。
ティキはかくかくと首を縦に振ります。
「まぁかくしてワールドクラスの壮大な八百長を何百年もやってた俺達だけど。…………でも、もう戦争を止めるような影響力も無いんさ。魔王の恐怖は語り継がれても実感がないんだから、当然っちゃ当然かも知れないけどね。世代が二つ変わればそんなのは単なるお伽話みたいなもんだろうし?」
こうなったらもう一度、国ごと滅ぼすしかないのかもね。
ラビが呟いた言葉にティキは目を剥きます。それは凡そ勇者の言うような言葉ではありません。
けれど同時にそこまで来てしまったのは自分達人間の業だと言うのも理解できています。
どうしたもんか、と視線を彷徨わせていると、
「…………へぇ。この旅に、そんな裏があったんですね」
静かなアレンの声が聞こえました。
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