「…………?」

 寝入ったばかりの所を邪魔されたアレンは眉根を寄せてから戸を見ます。

「って…………誰ですかもう…………」

 そして渋々と立ち上がって戸に近寄ります。…………が、途中ではた、と気づいて足を止めました。
 此処は人は滅多に――――――というかアレンが住み始めてから誰一人として――――――来ない、山の麓です。
 しかも外は雪、時間は詳しくは分かりませんが間違いなく夜中でしょう。
 …………アレンは足を踏み出した不自然な姿勢で硬直します。ドッと嫌な汗が噴き出してきました。

 …………怪談話は、苦手です。しかも虚構の作り話ならいざ知らず、そんな物体験したくはありません。

 無視したい、そうしよう、と一人で誓うも――――――

 
 コンコン


 再度戸が鳴らされます。

「…………」


 コンコン


 三度目です。
 …………恐らくアレンが戸を開くまで何度でも繰り返すでしょう。

「…………」

 覚悟を決め、深呼吸をしてから――――――アレンは戸のつっかえを外し、開きました。


 ビュオオオオオオッ!


「うわっ!」

 戸を開くと何時の間に雪から吹雪に変わっていたのか、激しい風と雪が吹き込んできます。
 驚いて目を腕で庇ったアレンに、招かれざる客の声が聞こえてきました。

「…………夜分に失礼する」

 その声に恐る恐る腕を下ろしたアレンは、思わず息を呑みました。
 漆黒の髪と同色の着物、白い肌。赤い唇の色だけが鮮やかに花を添える、美しい――――――人間の姿でした。
  
「道に迷った。一晩置いて貰えないか」
「へ? あ? ああ、ど、どうぞ」

 想定外の出現に驚いたアレンはついつい深く考えずに反射的に頷きます。

「でも、布団も無いし、碌な食事もありませんけど」

 その言葉に訪問者はちら、と外を見て、

「どのような環境でもこの天気の外よりはマシだ」

 …………ごもっともです。

「じゃあ、どうぞ」






 小屋に上がりこんだ青年――――――声からして男でしょう――――――は、囲炉裏の近くで微動だにせず囲炉裏の火を見詰めています。
 その様子に困ったな、とアレンは頬を掻きました。
 客人を迎えたことはありません。どうしていいか良く分からないのです。先程昔義父が使っていた布団を出して、囲炉裏の自分のいる方の反対側に敷きました。
 大体――――――青年の様子が変なのです。
 そもそもこの天気の山の麓で迷ったなど、どう考えても可笑しい事です。しかも、衣服は薄い単衣の着物一枚で、防寒具すら持っていません。当然のように荷物も無し、です。腰に挿された剣だけが見事な品なので、武家の人かとも思えますがならば尚更お供一つ無いというのは――――――可笑しな話。

 …………化け物が人に化けて悪さをする時、彼らは大概美しい人間に化けると言います。その方が人間を騙しやすいからでしょう。

 もしや目の前のこの青年も、そういった狐狸妖怪の類では、とアレンは考え込みます。…………まぁ考えてもどうしようもない事ですが。
 会話も無いうちにやがてアレンは襲ってきた睡魔に身を委ね、眠りに落ちていきました。

 


 


「…………朝か…………」

 小屋の隙間から入ってくる光にもぞもぞとアレンは身を起こしました。
 囲炉裏の火は消えています。寒いわけです。
 そういえば昨日の客人は、と見ると囲炉裏の向こうの反対側で、小さく体を丸めながら眠っていました。

(…………うわ、この人…………怪我してる)

 昨日は恐れも手伝って余りまじまじと見なかったのですが、良く見るとその素足の右足首に、ざっくりと深い傷が刻まれています。血こそ流れていませんが、かなり深い傷です。
 …………冬の山にいるにしては余りにもの軽装にこの怪我。狐狸妖怪でなければ確実に訳アリなのでしょう。

「…………ん、」

 もぞ、と青年が動き、その漆黒の瞳を見開きました。
  
「あ…………おはようございます」

 視線が合ってしまったアレンは慌てて挨拶します。

「…………、」

 しかし青年はまだ眠気が醒めないのか、うつらうつらしているようです。

「朝ごはんもなくて申し訳ないんですけど。僕もう仕事に行かなきゃいけないんです」
「――――――…………」
「まぁほんとに何も無い所ですけど、良かったら休んでいってください」

 こくり、と青年が頷いたのを見届けて、アレンは村へ降りる準備を始めました。


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