今日も今日とて力仕事。
それを終えたアレンは、再び山の麓の小屋へ向かいます。
「ふー…………」
今日は仕事の報酬の米の一部を、薬草に替えて貰いました。
…………あの青年はまだ小屋にいるのでしょうか。あの怪我ですから、出て行くとは考えにくいのですが。
名前も聞いていません。
まだいてくれるといいな、そうじゃないと薬草が無駄になる、などと考えながらアレンは小屋への道を急ぎました。
「…………!!」
「遅かったな」
小屋に帰ってきたアレンは驚いて小屋中を見回しました。
藁の破片が散らばっていた土間は掃かれ、埃や煤で汚れ放題だった壁や床は綺麗に磨き上げられ、乱雑に散らばっていた食器は揃えられ、刃物は研がれて銀色に光り、脱ぎ散らしていた衣服は洗濯されて今干されている最中、破れていたまま使っていた布団は繕われています。
…………元が廃屋だった所に住み始めたことと、アレンが掃除片付けが苦手な事もありさながら物置小屋のようだった小屋の中が、今は綺麗に掃除され整理整頓されています。こんなに綺麗だった事はこれまでありません。
「…………これ、君が?」
「暇だったからだ」
淡々と青年は応えます。…………灰を綺麗に掃除された囲炉裏に吊るされた鍋をかき回しながら、です。いい香りが漂っています。
「それは?」
「…………近くに食えるものが結構あった。味噌は借りたが」
煮込まれているのは山菜のようです。それに、アレンのお腹は空腹を訴えて鳴り始めます。
「早く食え」
そんな様子に僅かに口許を綻ばせた青年がアレンに促しました。
碗に盛られたそれを無我夢中で頬張っていると青年が話しかけて来ました。
「隣の部屋の織機は、お前のものか?」
「へ? いえ…………僕らが来たときにはもうあったんですけど」
前の住人のものだったのでしょう。
アレン達には用が無いもので一度も動かしてみようとすら思ったことも無いので、部屋の中の埃まみれの邪魔なオブジェでしかありません。
「…………そうか。ならば借りても問題無いな」
「え、ええ…………まぁ、どうぞ」
…………織機など何に使うのでしょう。
不思議に思って首を捻る間に、山菜を食べ終わった鍋の中に青年が米を追加して雑炊に仕立てています。
「あっ、忘れる所でした!」
…………目の前の食事に思考を奪われていました。
「?」
「足、見せてください。怪我してるでしょう?」
「平気だ」
「駄目です!」
碗を置いて、アレンは部屋の隅に(これまでは何処に何を置いていたか分からず探す事が多かったのですが今は一目で分かります)置かれていたすり鉢とすりこぎを持ってきます。
米の代わりに貰った薬草をそれで潰し、その辺に干されていた服の袖を適当に裂いて薬草をその上に乗せていきます。
「袖が、」
「いいですよそんなのどうでも」
すり潰した薬草を当てた瞬間、青年は痛かったのかびくりと肩を震わせました。
「染みます?」
「っ、」
「どうしたんですか、この傷。何か罠仕掛けにでも引っかかりました?」
昨日の鶴ではありませんが、あの手の仕掛けは結構危なくてたまに人間でも気付かず踏みつけて怪我をします。大体一目では分からないように設置されていますし今は特に雪の下ですから見えません。
アレン自身も危なかったこともありますし、春辺りにはこの辺りで引っかかっていた村の人間を助けることもありました。
「…………そんなようなものだ」
「危ないですから気をつけてください。人の踏んだ道以外、歩かないほうがいいですよ」
「分かった」
「そういえば…………君の名前は何というんです? 僕はアレンです」
「俺は…………神田だ」
「カンダ…………?」
聞き慣れない響きでした。
「神田、ですか」
「ん」
…………聞いた事の無い名前に、何故か不思議と安らぎと懐かしさを感じて、アレンはそっと微笑みました。