「…………ふぁ…………」
また朝がやってきました。いい匂いがします。
昨日の夜は、青年――――――神田の作った山菜鍋と雑炊で久し振りに満腹になり、そのまま繕われた布団で囲炉裏の近くで寝入ってしまいました。
夜遅くまで隣の部屋からパタンパタンと音がしていましたが、一定の間隔でその音が鳴るので五月蝿く思うよりは逆に眠気に拍車がかかったのです。
「あれ…………おはようございます」
「ああ」
体を起こすと、神田は既に起きており、炊いた米を丸めて味噌を塗りつけ囲炉裏で炙っておりました。
…………焼きおむすびです。いつも食事といえば炊いた米、川の水、以上。だったアレンにはちょっと一手間かけただけのものでもご馳走に見えます。
「顔洗ったら、食え」
「はい」
外へ出かけ、いそいそと小川で顔を洗って戻ると皿の上に乗せたおむすびを神田が突き出しました。
「ありがとうございます…………美味しいです」
「…………」
アレンが食べ終わり、また村へ行く準備を始めると神田は一回隣の部屋へと引っ込みました。
すぐに、白い何かを抱えて戻ってきます。
「?」
「これを売って来い。金になる筈だ」
「え…………?」
突き出すようにして渡されたのは光沢の在る、絹とも少し違うようですが上質な一反の白い織物です。
…………神田が昨日織っていたのは、これだったのでしょう。
「え、でも…………いいんですか?」
「…………この為に織った」
…………確かに売値は高くつきそうです。
アレンはその織物を、有り難く風呂敷で包んで、そして村へと出かけていきました。
「ラビ、いますか?」
「んあ? アレン?」
アレンが仕事帰りに寄ったのは村で唯一の呉服屋の若旦那、ラビの下です。
「どうした? 何か新しいの作るんさ?」
「いえそういう訳ではないんですけどね」
ラビとはあの山の麓に越してきて村に仕事をしに来る様になって以来の仲です。アレンの懐具合が厳しいのを知っていて、いつも服が擦り切れて駄目になり仕方なしに仕立てに来るアレンに大分サービスした値で服を作ってくれます。
「買い取って貰いたいんですけど…………」
「え?」
そう言いながらアレンはラビの目の前で風呂敷を解きます。
「!」
ラビが現れた白い織物に目を見張りました。
「…………何だろこれ、絹じゃない…………けど…………?」
首を捻ってラビがそれを検分し、
「ちょっと待ってて、ジジイに相談してくるからさ」
「分かりました」
織物を持って一度店の奥に引っ込みます。
間も無くして戻ってきて、
「じゃあこれはうちで買い取らせてもらうさ。弾んどくさ!」
「有難うございます」
「もしこれと同じものがまだ作れるんだったら是非うちに卸して欲しいってジジイも言ってたさぁ」
提示された金額は、魂の抜けるような金額でした。アレンが一年働いてやっと、くらいの金額です。
「うわ、こんなに…………」
驚きながらもアレンは有り難く代価を頂戴し、ラビに見送られながら呉服屋を出ました。
帰りに少し多めに食料を買い込み、小屋に戻ります。
「戻ったか」
「ええ、ただいま。…………あの織物、凄くいい値で売れました」
「だろうな」
今夜も鍋で何かを煮ていた神田が頷きます。
美味しそうな匂いです。
しかし本当に、不思議な人です。
やたら料理が上手くて、やたら家事が得意で。
「…………神田は、」
「?」
「あ、いえすいません、やっぱり何でもないです」
「…………?」
――――――いつまでここに、いてくれるんですか?
そう問うのは怖くて、アレンは口を噤みました。