いつしか一月がたちました。
まだ春は遠く、山の辺りは相変わらずの冬景色ですが、それとは関係無くアレンの心には以前あった寂しさは消えていました。
傷が癒えても神田は出て行こうとはせず、昼はアレンの居ない小屋を守り、夜は機織に精を出しています。神田の作った織物は全て飛ぶように売れ、其れに伴って小屋も水場が増え風呂が増えと増改築されていました。
無愛想で口数も少なく、会話といえばアレンの話に相槌を打つ程度――――――そんな彼ですが、しかし、いつからかアレンの胸に芽生えた感情は恋慕という名前でした。
ある朝です。
「行って来ます」
「…………ああ、」
「?」
アレンが出かけようとすると、神田が微かに眉根を寄せながら、浮かない返事をしました。
「どうしました…………?」
「…………いや、何でもない」
「…………?」
若干不自然な様子にアレンは首を傾げ、けれど時間の余裕も無いので追求はせずにそのまま小屋を後にしました。
…………アレンが去った後の小屋。
神田は僅かに戸を開いて、外を見ます。
雪が降りそうな曇天の空。
他に人気は無く――――――けれど神田の耳は、仲間の声を確かに捕らえたのでした。
『帰っておいで、我等の同胞』
『お前はもう充分に恩を返したではないか』
『それ以上そこにいたら、帰って来れなくなってしまうよ』
「…………」
風の音に乗って聞こえる仲間の声に、神田はぎゅ…………と目を閉じました。
間も無く、移動の時期です。
帰るなら今しかない――――――分かっています。
けれど、だけど。
「…………俺は…………」
呟いた声は風には乗らず、そして遠くの仲間達に届かない事も、神田は知っていました。
パタン、パタン。
アレンが帰ってきて食事を終えると、神田はいつも通り隣室に篭って機織をしていました。アレンは一人囲炉裏の前で、商売道具の手入れをしながら規則正しいその音に耳を済ませます。
「…………、」
けれど心配な事もありました。
最近、神田が目に見えて痩せて来たのです。
元々食べる方ではありません。ですが、栄養価の高いものを買ってみても何をしても、彼は痩せて行く一方――――――悪い病気ではないかと心配するアレンに、神田は「大丈夫だ」の一点張りです。
出来れば一緒に村に下りて、医者に視てもらって欲しいのですが…………
「嫌がるんだもんな…………」
思わず独り言と溜息が漏れました。
嫌だという物を無理矢理連れて行くわけには行きません。かといって高齢の医者を此処まで連れてくるのも無理があります。
「…………はぁ…………」
ガラッ
数度目の溜息をつくと、丁度そのタイミングで戸が開きました。
いつも通りの布を手に、神田が出てきます。
「…………疲れてないですか?」
「別に…………」
嘘です。
ならば何故そんな表情を――――――と訊きたいのをぐっと堪えてアレンはその背をみつめます。
小屋の出入り口の辺りに、風呂敷で包んだ布を置いた神田は、そのまま背を向けたまま、ぽつりと呟きました。
「…………だが。もうこれ以上は、織れない」
「?」
…………一瞬何のことかと考えたアレンは、ああ、と気付きました。布の事です。
「何かありました…………?」
「…………材料が無い。…………悪い」
「そんなの…………」
アレンは立ち上がって、神田の背後に近付きました。後ろから抱き締めます。
「貴方が此処に居てくれれば、僕はそれだけで…………」
「…………」
…………背に顔を埋めるアレンには知る由もありませんでした。
神田が切ない、しかし覚悟を決めた表情で小屋の外を見ていたことなど。