ずるずる。
ずるずる。
「リナリー」
「あら、どうしたの?」
薬師の家。
一人の美しい人物がボロ切れのようになった「何か」を引き摺って歩いていました。
「またこいつら忍び込んで来やがった」
まるで荷物か何かのように、怪我だらけの男を三人放り出します。
そんな様子に、薬師の妹は苦笑いを浮かべました。
「…………派手にやったわね」
「訳わかんねぇこいつら。意味不明な事言って抱きついて来やがったし」
「…………あらあら、それは…………」
すっ…………と妹の目が細められました。
我が子のように可愛がっているかぐや姫の寝所に忍び込むとはいい度胸です。
「…………自分から兄の新薬の実験台に志願してくださるなんて…………ありがとうございます」
引き摺られてきた男達に氷の微笑を浮かべて、妹はその三人を受け取りました。男達は何か言いたげですか妹の気迫に押されて何も言えません。
「神田。部屋の戸締りには気をつけてね?」
奇しくも三月前、自分が兄に言われた台詞と同じ事を姫に言います。
「分かった」
頷いて部屋に戻る後ろ姿を見送ってから、妹はふぅ、と溜息をつきました。虫除けも楽ではありません。
引取ってから僅か三月で大人の姿になったかぐや姫――――――本人曰く、名前は「神田ユウ」というらしいのですが――――――はどう考えても常人である筈がありません。まぁそんな事妹にしてみれば些細なことです。可愛い我が子、弟分であるのですから。
三月で大人の姿になって尚、何処か幼い気質(別名・お馬鹿)のかぐや姫。しかしそんな彼――――――そう、「彼」なのです――――――には、連日連夜求婚に来る人間が後を絶ちません。求婚ならまだ可愛げがあり、夜這いに来て無理にでも…………と考える人間も多いので、全く持って妹は気の休まるときがありません。幸い姫はやたら剣の腕が立つので、自分で撃退してますが。
「…………トラップでも仕掛けようかしら…………」
そんな事を妹が考えたときでした。
「主は在宅でいらっしゃいますか」
…………見慣れぬ人間です。纏う物がそれなりに上等な仕着せ…………妹はまたなのね、と溜息をつきます。
「…………兄は留守でございます。代わりにお伺いいたしますが」
「はい、こちらはかぐや様なる姫君のお住まいで?」
「…………はい」
妹が仕方無しに頷くと、その人間が頷きました。
「我らが主君がかぐや様にお会いしたいと仰せでございます」
「あそこ? へー、田舎者の屋敷にしちゃでかいさねー」
「なんか腕の立つ薬師らしいぜ? たまに宮中にも呼び出し喰らってる様な…………」
「へー、なんでそんな凄い人がこんな所に住んでるんでしょうねぇ」
ぞろぞろと雁首並べてやって来たのは、宮中を代表する物見高い五人の貴公子達。
それぞれの牛車を薬師の家の門前に着け、随行してきた使いの者に家の内へ報せを持たせます。
やがて出てきた使いの案内で、牛車は門の中へと入っていきました。
「え? あの人ですか?」
「そりゃ美人っちゃー美人だけど…………」
溜息をついて座敷の中から外の招かれざる客を見渡す妹の耳には割りと失礼な言葉が聞こえてきます。
一服持ってくれようかしら、などと思いながら心中とは全く違う微笑で彼らへ声をかけました。
「…………我が子になんの御用でございましょうか」
「え? 母親?」
「若く見えて意外に年増!?」
…………やっぱ盛ってやろう、と妹は決心しました。
「美しいと名高きかぐや様に一目お会いしたく都より参りました」
貴公子の一人、白い髪の…………まだ少年がにっこりと妹に微笑みかけました。母親から懐柔しようとはいい策です。…………懐柔される妹ではありませんが。
「それはそれは…………都の尊い方々にご足労戴くとは勿体無いお話にございますわ。けれど…………」
妹はにっこりと、そこではっきりと笑みを浮かべました。目は全く笑っていません。
「嫁入り前の我が子を喜んで浮き名高き皆様にお会いさせるような親はおりません」
「「「「「…………」」」」」
はっきりと、「帰れこの女たらし共!」と言われた(も同然)の五人は思わず顔を見合わせます。
「え? ええー? そう言う事言う?」
「言うに決まっておりますわ。浮名を流す側の皆様は痛くも痒くもございませんでしょうけれど、流される女はたまったものではございませんもの」
口調こそ丁寧ですが、全く譲る気配の無い母親(仮)の姿に五人が困り顔で顔を見合わせたときでした。
「リナリー、来客か?」
妹の気遣いも場の雰囲気も、そして五人の貴公子の思考も何もかもをぶっ壊すタイミングで、かぐや姫が顔を覗かせたのは。
「「「「「…………」」」」」
「?」
居並ぶ人間達が、呆然とした眼差しでかぐや姫を見上げます。
それに不思議そうな顔をしたかぐや姫は、すい、と視線を頭が痛そうな妹へと移しました。
「外に急患が来てるぞ」
「…………そう。分かったわ…………」
用は済んだ、とばかりに踵を返したかぐや姫の背に、声がかかりました。
「お待ち下さい!」
「…………何だ?」
かぐや姫が振り向くとそこには必死な顔をした五人の男。
うち一番年若いと見える白い頭の少年が駆け寄ってきました。
「かぐや姫様でいらっしゃいますね?」
最早質問ではなく確認です。
その名に微かに眉根を寄せて、
「そうらしい。人はみな俺をそう呼ぶ」
「…………まさに名は体を表すの見本さ…………」
そんな事を言いながら赤い髪の男と、黒い髪と肌の男二人と、金髪の男が近寄ってきました。
「…………どうか姫様、我が妻となっていただけませんか」
「うわアレン! 抜け駆けさ!?」
「ちょっと待てって少年!」
「ヒヒッ! デロもデロも!」
騒ぎ出した彼らに、ああ、とかぐや姫は呟きました。
「お前らも求婚の奴等か」
「…………はい」
ふぅ、と溜息をついたかぐや姫はひらり、と廊下から貴公子達のいる庭へと飛び降りました。
「ちょっと神田、」
「俺を娶ろうとはいい度胸。…………条件は一つだ、俺に勝って見せろ」
そう言いながらかぐや姫が取り出したのは、一振りの剣でした。
その切っ先を男達に向けながら、不敵な笑みを浮かべます。
「え? ええ!?」
「ちょ、ちょっと待ってください!!」
「もし俺に勝てたなら嫁にでも地獄にでも行ってやる」
そう高らかに宣言したかぐや姫は――――――
「行くぞ!」
「「「「「ちょ、ちょ、ま…………あーっ!!」」」」」
五人に向かって情け容赦なく切りかかったのでした。