「…………ふん。いい様だ」
到る所に湿布や包帯を付けた五人の姿を遠目に見ながら鼻で笑うはこの国の帝。
「きっ、今上! お控え下さいませ!!」
その目に宿った好奇の色に、周囲の者が慌てて諌める声を上げます。
内裏でも名高い五人の貴公子(何人かは帝の血縁者でもあります)が、近頃名を良く聞く「かぐや姫」の下へ求婚しに行き、そして見事なまでにボコられて戻ってきたのはつい昨日の事。
その痛々しい様子に、帝の興味はかぐや姫へと向けられます。
ただ美しいだけの女達なら何人も傍近くに置いています。正妃こそいませんが、帝には何人もの愛人が既にいるのです。
ですので最初帝は、辺境の田舎の村に住まうという美しき姫の名を聞いても、其れほど興味がありませんでした。ぶっちゃけどうせ田舎だから過大評価されてるのだろうとか思っていたのもあります。
しかしどうでしょう。都の中でも聞こえた名である五人の求婚を蹴ったばかりか、まさに蹴り殺さん勢いで五人をボコったというのですからこれが興味がそそられない筈がありません。
更に言えば、あれだけ盛大にボコられたのにも関わらず全く五人に諦める気配がないのも気になるところです。帝程ではないとは言えあの五人も女に困ることはありません。それだけの地位と容姿を持っているのですからつれなくされたのならば、しかも怪我まで負わされたならば諦めて当然なのに、です。
あの五人がそれほど本気にさせられた姫の姿。見てみたい――――――そして手に入れて、傍に置いてみたいと帝が思ったのも、致し方無い事でもあったのでした。
周囲の者の諌めも聞き入れず、辺境の村に向かった帝が親代わりだという薬師の家に着いたのは既に夜が更けた頃でした。
門の見張りは帝の姿に驚き声を上げかけ、しかしその載ってきた輿に帝以外が使う事の無い紋を見て慌ててその声を飲み込みます。
困った顔で右往左往する――――――先触れなく帝が訪れた事にか、それともその「目的」にか――――――門番を無視して帝は勝手に家の中に入り込みます。不法侵入です。
「…………大事な物を隠すっていやぁ一つ、か」
そして一番奥の座敷に向かって庭を横切っていきます。
部屋は既にどれも灯りは無く――――――しかし一番奥のその座敷だけが、微かに明かりが見えました。燭台でしょうか。
先客だったら面倒だ、などと帝は考えます。
庭から廊下へと上がり、その部屋の前に立ちます。中からは特に妙な気配も声もしません。少なくとも先客がよろしくやってる訳ではなさそうです。
すっ、
そしてその障子を開き、勝手に忍び込む事に成功した帝は――――――部屋の真ん中で、文机に突っ伏して眠る姫の姿に瞠目しました。
手元にあるのは文か書物か。
読んでいる間に眠ってしまったのでしょう、燭台に炎が灯されたままなのも恐らくはその所為です。
「…………これは…………」
そして顔の半ばを腕に埋めるようにして眠る、そんな姿ですら――――――光り輝く姫、「かぐや姫」と名付けられたのも頷けるような造りです。
「成程な…………数百人の求婚者を袖にするってのも分かる」
そっと腕を入れて姫の上半身を抱えた帝は、燭台に照らしながら今だ眠ったままのかぐや姫の顔を覗き込みます。
「ん…………」
体を動かされた振動にか、かぐや姫が微かに声を上げました。
そしてゆるゆると眼差しを見開き、その漆黒の双眸に帝の姿を映し出します。
「――――――え、なっ、だ、」
誰だ、と声を上げかけた唇を塞がれたかぐや姫が帝の腕の中でもがきだします。
くしゃ、と襟元を掴まれ皺が寄りますが帝は意に介しません。
「んっ、んんーっ、」
必死で抵抗を繰り返すかぐや姫を抱き寄せると低く囁き掛けました。
「まさかこんな田舎でお前みたいな奴に逢えるとはな…………このままここに埋もれさせるのは惜しい」
――――――俺のものになれ、そう続ける帝をかぐや姫は涙を湛えた目できっ、と睨みつけます。
「っざけんな! 何だてめぇ勝手に入ってきやがって!」
「この俺にそう来るか。…………聞きしに勝る勝気さだな」
仮にもこの国の頂点、意のままにならぬのは賽の目くらいである帝に向かってかなりの強気さです。
「あぁ? てめぇ何だよっ、放せっ!」
「お転婆なお姫様だな。…………馴らすのも、悪くない」
言いながら畳の上に組み敷くと、かぐや姫の抵抗が激しさを増します。
「やめっ、やめろ、放せ! この野郎!!」
そして衣装の前を開いた帝は――――――人生で初めて、「点目になる」という表現がどういった時に使うべきものなのかを知りました。
「――――――あ? …………男?」
…………貧乳にしても程があります。というより肉付きが違うのですから流石にそれは無理です。
「ああそうだよ、男だ! …………なのに何でお前らみたいなのばっかり来るんだよ!」
「…………、…………」
思わず顔の半分を覆う仮面を抑えた帝は、念の為と確認します。
「…………今更聞くが、かぐやってのはお前の事なんだよな?」
「勝手に皆そう呼びやがる、俺は神田だっつってんのに!」
「…………。」
「大体何なんだお前ら、こっちじゃ男が男を娶るのが流行ってんのか!?」
どうやら帝が何か思い違いしていたらしいと気付いたかぐや姫が声を荒げて続けます。
「んな格好の上に髪上げと裳着の式までやったら誰だって女と思うだろうが」
「…………髪上げ? 裳着?」
「一月位前にやっただろう。お前の養父が人を集めて、今お前の着ているような衣装を着付けて祝っただろう?」
「…………そう言えばんな事もやったな」
かぐや姫が思い出しているのは眉根を寄せるようにして頷きました。
この調子じゃ髪上げと裳着の式の意味など知りそうに無い、と察した帝は溜息をついて続けます。
「髪上げと裳着は女が成人したという証だ。盛大に祝うのは夫になる人間を募り、娘を結婚させる意志があるという家としての意思表示だな」
「…………は?」
今度はかぐや姫が点目になります。
「あ? 何でだよ!? 何で俺が結婚しなきゃなんねーんだよ!!」
「…………そりゃお前の養父に聞け」
「コムイの所為だったのか、ふざけやがってあの野郎!」
怒髪天を衝く、といった様子で今だ組み敷かれたままの格好で怒り狂うかぐや姫を見下ろしながら、帝はさてどうするか、と考え込みます。
…………男とはいえこの容姿。更に言えば、こんなド田舎に数時間掛けてきておいて、収穫が何もないのも腹が立つものです。
「…………まぁいい。この際お前が男か女かなんぞ大した問題じゃねぇ」
「…………は?」
帝の言葉に一瞬怒りを忘れた様子のかぐや姫は――――――開かれた衣装の前から帝が触れると、大げさなほどにびくり、と体を竦めさせます。
「なっ…………にしやが、俺は男だっつってんだろ!?」
「男だろうが女だろうが構いはしねぇ。…………俺が黒だつったら、白でも黒なんだよ」
帝の言葉にさぁっ、と顔を蒼褪めさせたかぐや姫が声を上げます。
「やめっ、放せ、この変態野郎――――――!!」
「静かにしねぇと黙らせるぞ」
いい加減家人が起き出して来ます。
暫く揉み合った二人ですが、やがて帝の力が緩んだ一瞬、
「――――――なっ、」
…………その姿は消え去り、部屋には袿一枚を残すのみとなりました。