ガラッ、


「――――――退け」


 凛とした声。逆らう事を許さぬ強さ。
 弓に射抜かれた左肩を右手で覆う帝も、思わず視線を奪われます。

 部屋の中から出てきたかぐや姫は、真剣一つを下げて――――――

「若宮様、ご無事で」

 月の民がさっ、その場にひれ伏します。
 しかしそれを無視したかぐや姫は帝に向き直り、肩の傷に辛そうに顔を歪めました。それがまるで泣き出す寸前の幼子のように見えて、帝は敢えて笑って見せます。

「問題ない」
「…………っ、」

 無言で胸に顔を埋めてきたかぐや姫を帝は抱き留め、あやすように頭を撫でました。
 じわり、と胸に暖かな感触を感じながら、けれど続いた言葉に言葉を失います。

「…………俺は、戻る。…………これ以上迷惑は掛けられない。リナリーにもコムイにも、…………あんたにも」
「…………、」
「…………あいつらに、蓬莱の薬を預けてある。もしも、あんたが、」

 そこで言葉を切ってかぐや姫は迷うように濡れた視線を彷徨わせてから、続けました。

「千年でも、万年でも。――――――待つと言うなら、」
「…………」
「俺はいつか必ず、あんたのところに戻ってくる」

 だから、今は、と。

 震える唇で続けるかぐや姫の言葉の続きを、唇を塞いで遮って帝は囁きました。

「…………そんなに待たせるのならば、戻ってきた時には覚悟しておけ」
「…………、」

 最後に一度、強く抱き合ってからかぐや姫はそっと帝の腕を解き使者に向き直りました。
 ひれ伏したままの使者の待つ庭へと、ふわりと降り立ちます。

 ――――――そして、どこからか現れた雲に、月の光が一瞬遮られ、そして再び月が出た時には――――――

 かぐや姫の姿も、迎えの使者の姿も、まるで夢か幻だったかのように、一切消えて無くなっていたのでした。






『己に縁のあった人間には、どうかこの薬を焚いたものを吸わせて欲しい――――――』
 
 蓬莱の薬に添えられた手紙には、そう書いてありました。
 内裏の内で、かつて姫に求婚した五人の貴公子に、試しにとばかりに書かれたとおり焚かせた所、それがどういう物であったのか帝の知る所となりました。

 如何様な傷もたちどころに癒し、しかしその代償とでも言うかのように、五人の中からかぐや姫の記憶だけが抜け落ちたのです。
 
 帝は薬師兄妹にも薬を焚く事を薦めたのですが、二人とも首を横に振りました。姫の事を忘れたくないのだと、そう言って。

『…………もしも、あんたが千年を越えるならば――――――』   

 …………続いた内容通り、帝はその薬を口にし、そして――――――







 かぐや姫が姿を消し、またその記憶も極一部――――――たった三人です――――――の中から消え一年程が経った頃。

 帝が突然譲位されたとの報は、都から遠く離れた薬師の下にも届きました。更には早々に内裏から去り院に移った上、姿を消したのだとも。

「…………あの方らしい、」

 書を読みながら、ふっ、と笑んだ薬師が仰ぐのは今は月を隠した蒼穹の天。

 







 ――――――二人が再会したのは千年を越えた遠き世、異国の戦争の最中――――――


『妙な所で会ったな』
『…………あんたこそ』






「紹介するよ、この子が私の―――――――」
「…………、」
「…………!」






「妙な所で縁が合ったな」
「…………同感だ」

 同僚の弟子。師の同僚。
 異な縁で巡りあった物です。

 ひっそりと、どちらからともなく笑みを浮かべます。
 
 やたらと豪奢な暗い部屋の中。
 腕を取られてベッドの上に放り出した相手に囁くのは、


「千年以上待たせたんだ、…………覚悟は出来てるんだろうな?」

 
 熱を孕んだ甘い脅迫。
 放り出された方はどこか艶めいた笑みで、


「手柔らかに、頼む」


 あとは、ただ。
 甘く昂ぶる熱のまま、永い時を溶かすべく――――――二人は契り合ったのでした。


小説頁へ