「…………。」
鼠のお父さんの目の前には小山の如きの食料。しかしその嵩は、あっという間に減っています。
此処は雲のお家です。お父さんは見なかったことにして帰ろうかな、などと真剣に思いました。
「あれ、ティエドールさん?」
…………しかしそんな丁度そんな時、運悪く雲が顔を出しました。雲というのは髪色的な「何か言いました?」いいえなんでもございません。
「…………。…………。…………、妙な事を聞くけどね、この辺りで、君の次くらいに強いのは誰かな?」
「それはどういう意味での強さです? 賭け事なら僕以外は全員弱いと思いますけど」
「…………。」
絶対やめとこう。
お父さんは心に誓いました。
「単純に腕の話でしたら――――――そうですね、風の彼じゃないですかね」
…………鼠の息子にお茶を入れてもらった隣家のラビ(鼠)は、一つの丸いちゃぶ台を息子と囲んで溜息をつきました。
「…………どーするんさ、ユウ…………お父さんが婿さん連れてきたら…………」
「あのクソジジイ諸共ぶっ殺して河に沈める」
息子は据わった目で答えました。――――――本気です。この息子、幼馴染の神田の辞書に「手加減」とか「冗談」という単語は無いので、間違いなく本気です。
しかし、ラビの胸の中には一つの不安が過ぎります。
もしも、万が一にでも、――――――その婿を彼が、神田が気に入ってしまったら。
そう思うと胃の中に冷えた塊が落ちたかのような不安と焦燥感に、気が狂いそうです。
小さな頃からずっと――――――見ていたのに。
「…………ねぇ、ユウ」
「あぁ?」
不機嫌そうな声の神田に、ラビは勢い余って――――――実力行使に出ました。
ガシャンッ!!
ちゃぶ台は引っ繰り返り、上の湯呑みも床の上に落ちて染みを作ります。
「…………あ?」
押し倒された格好の神田は――――――呆然とラビを仰ぎました。
友人でした。親友でした。
子供の頃から知っている幼馴染でした。
だけどそれけじゃ「足りない」と思うようになったのは、いつからだったでしょう?
「俺、俺っ…………誰にもユウを渡したくないっ、誰が一番強くたって、一番ユウを好きなのは俺なのにっ…………」
神田の腕を握った手に力が篭り、彼は痛みに顔を顰めます。
「誰にも、誰にも渡さないっ…………」
「やぁこんにちは、風」
「ああ、鼠のおっさんか。こんな所までどうしたのさ?」
森を越え、やってきたのは風の元。
たくさんの兄弟達と暮らす風は、ふわふわした癖っ毛を風に揺らせながら、人好きのする笑顔で突然の客を迎えます。
「単刀直入に言うけどね、うちのユー君のお婿さんにならないかい?」
「…………。…………いやいやいや単刀直入過ぎだからね。あの可愛らしいあんたの息子? そりゃ悪くないけどどうしてまた」
鼠のお父さんが息子を溺愛しているのは割りとこの辺の住人には知れ渡っている事です。
手を出そうとした人間を謎のデカイ石像で握りつぶそうとしたりとか、案外にきな臭い事をしでかしています。
そんなお父さんが、可愛いわが子を差し出すような真似とはこれいかに、と風は訝しげな顔をしました。
「あの子もいい年だ、私の目が黒いうちにいい旦那さんを見つけてあげたいんだよ」
「……………………」
それ、いらないお節介じゃない?
しかも本人、怒ってるんじゃない?
ってゆーかなんで旦那? 可愛い嫁じゃなくて?
ああもう、色々おかしすぎて突っ込みどころありすぎだって…………
風の脳裏には色々な事が一瞬にして駆け巡ります。
…………大体鼠の息子の腕っ節は誰もが知る所。そしてあの息子が婿取りなんぞに賛成している筈がなく――――――最低でも相手は自分で選ぶでしょう――――――うかうか付いて行ったら半殺しにされるのは目に見えています。
美しい鼠の息子の婿の座はちょっとは心惹かれるのですが――――――命は大事に、です。
「…………俺なんかよりも適任な奴が居るよ。壁だ。あいつ、俺がどんなに吹いても微動にしないからね」
「ああ、そうなのかい!」
ポンッ、とお父さんが手を打ちます。
「ありがとう、早速訊きに行ってみるよ!」
「あーうんまぁ、頑張ってねー」
いそいそと帰っていくお父さんの背を見送りながらぽつんと風は呟きました。
「ってーか、婿なら妥当なのが一人いるだろーにさ…………」
しかしそんな声は、お父さんには届かないのでした。