鉢かづき 十

 パラ、

 
 細かな破片が落ちていきます。
 
「な、」

 斧の一撃は鉢かづきの頭部を確実に捕らえた筈でした。
 陶製の鉢如き、簡単に突き抜けて、その下の頭蓋を粉砕し死に至らしめる筈でした。

 ――――――対峙した人間までもが息を呑みます。

 
 すっ、


 若君を護るよう、その正面に立ち塞がった鉢かづき、

 ――――――誰も知らなかったその漆黒の双眸が、居並ぶ敵を射抜きます。
 
 怒りを湛えた瞳。
 その色に、賊が恐れをなして引き下がります。

 凄艶、という形容がこれ程当てはまるのも珍しいでしょう。

 漆黒の長い髪が、風に煽られ僅かに揺れます。
 
「女、か、?」
「…………」

 その美貌に、賊が掠れた声で呟きます。
 それには答えず、鉢かづきは剣を抜きました。


 ドッ!


「っぐ、」

 的確に急所を狙ってくる、重い突き。
 その的確さは、これまでいかに鉢が視界を邪魔していたのか良く分かるといった所です。
 
 視界が晴れたとはいえ腕力体力に分があるのは己、力で押せばいい――――――と計算した賊は、体勢を立て直そうと飛び退りました。

 それが、間違いでした。


 ガッ!!!


「――――――!」

 悲鳴すら上げずに、ドッ、と鈍い音を立てて大柄な身体が地面の上に崩れ落ちました。
 飛び退ろうとした、その懐に飛び込んだ鉢かづきが、峰打ちで鳩尾を狙ったのです。

「な、」
「御頭、」

 頭がやられたことに、確実に戦意を殺がれた賊は、鉢かづきの怒りの視線が自分達へ向くと慌てて蜘蛛の子でも散らしたかのように逃げだして行きます。

 鉢かづきはそれには最早眼もくれずに、

「ラビッ…………!」

 縁側を血で染める若君の元に、膝を突きました。
 唇が震えて上手く言葉になりません。
 旦那様も駆け寄ってきました。

「命に障りはないようだな、」
「…………、」

 肩からざっくりと斬り付けられた若君は、確かに致命傷ではないようですがぐったりしています。

 
 ビリビリビリッ、


 自分の袖を裂いて若君の肩を止血した鉢かづきの姿に、ようやく平静を取り戻した使用人達が、

「誰かお医者の先生を呼んでおいでよ! 早く! それから、水と布を!」
「戸を持って来い、若君をお運びしろ!!」

 バラバラとそれぞれに駆け出しました。 





 やがて医者が来る頃と時を同じくして若君は私室へと運び込まれました。
 痛み止めを飲まされ眠らされた若君の顔色は良くはありません。

「熱がでるだろうな、」

 医者は鉢かづきの袖を外すと晒し布と薬草で血止めをし直し、熱冷ましの薬を置くと、

「これ以上は何もしようがない、戻らせてもらうぞ」

 そう言って出て行きました。

「…………鉢かづき」
「…………はい、」

 強張った眼差しで布団の上の若君を見詰める鉢かづきに、旦那様がそっと声を掛けました。
 
「お前の所為ではない。気に病むな、」
「…………。」
「お前は護衛でも門衛でもなかろう。お前には何の落ち度も無い」
「…………。」

 唇を噛むようにしながら俯く鉢かづきに。

「…………ラビの様子を見ておれ。任せたぞ、」

 旦那様もそう言い置き、後始末の為と席を外され、そして残ったのは眠る若君と鉢かづきの二人きりでした。
 寝かされた若君の、包帯の巻かれた肩を歯を食いしばりながら見下ろします。
 白い布に薄っすら滲む赤。
 あと数秒、あと数秒早く若君に凶刃が迫っていることに気付けていたら、護れた筈。この身など幾ら斬られても惜しくなど無かったのに、と何より自分自身に怒りを抱いて、けれどぶつける先のないその激情にただ歯を食いしばって耐えるだけです。

「…………ラビ、」

 苦痛の為でしょうか、滲む若君の汗を拭き取りながら、祈るような気持ちで鉢かづきは若君の覚醒を待っていたのでした。




 

 南の対屋。
 再び、締め切られた部屋の中で数人が顔をつきあわせての密談です。

「何と、失敗しただと!?」
「それより不味いことになりましたな、奴らの頭は生きて捕らえられたようです。我らの事を、口外せねば良いのですが…………」
「ふん。そんな事は心配しておらぬわ」
「何と?」

 一位の翁の強気な様子に顔を青ざめさせていた他の翁らが驚いた顔をします。

「もとより奴らなど捨て駒にすぎん。我らの名など、偽りのそれしか教えておらぬ」
「おお、それは…………」
「やりまするな、お流石でございます」

 安心したのか、ドッと沸き立つ彼らは、

「――――――しかし忌々しいのは件の風呂焚きよな」
「ええ、まさかあのような、」

 顔を顰めて低く吐き捨て、

「剣の腕の上に、見た者に言わせれば天人の如きの姿であったとか」
「どうやら若君は、興味本位ではなく、色で釣られたようですな」

 侮蔑の色を滲ませて吐き捨てた翁等は、

「…………まぁ、よい。目障りな輩の内に使用人の一人二人加わろうが、別に構いはせぬ」
「左様でございますな」

 ぎらり、と光る眼。
 そこに殺意を滲ませて、一位の翁は自身の扇の表をじっ、と見ていたのでした。
<続>



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