鉢かづき 十一
「…………う、」
「!」
深夜。
布団の上の若君が小さく呻きました。
はっ、として鉢かづきはその顔を覗き込みます。
そしてゆるゆると開かれていく翠の双眸に己の姿が映し出されたことに、思わず安堵の余り涙ぐんでしまいました。
「ラビ…………眼が覚めたんだな、」
「…………ユウ、?」
「…………良かった、…………良かった…………!」
若君の片手を取って、自分の胸に抱えた鉢かづきは良かった良かったと繰り返しながら、涙をぽたぽた降らせました。
それを半分眠たいような、そうでもないような眼で見ていた若君は、やがてしっかと目を見開くと…………
「…………ユウ、」
「?」
「手、貸して?」
「ああ、」
起きあがりたいのだろうと思った鉢かづきは頼まれた通り、若君に手を貸しました。
まるで鉢かづきがしていたように、その手を胸元まで持ってきた若君は、
ぐんっ
「…………え、?」
ばさり。
今しがたまで若君の顔を覗き込んでいた筈なのに、今は何故か下から若君を仰ぐ形。
若君の褥に押し倒された形の鉢かづきは、呆然と見上げます。
しゅるっ、
「え、あ? お、おい、」
呆然としたままなのを良いことに、若君はユウの帯を奪い、衣装の前の合わせ目を開いてしまいました。
「おい、ラビ、」
目が覚めたと思ったらの突然の若君の奇行に、ユウは驚くばかり。―――――――何がなにやらさっぱり分かりません。
「…………ユウ、」
そしてそこで呼ばれた自分の名に籠められた熱に、潤んだ若君の眼差しに、甘い悪寒めいたものを感じたのでした。
「…………ん、」
いつもの習性で定刻通りに目が覚めたユウは、目を開いてそこに広がるものに思わず目を丸くしました。
人の、肌です。
「…………、」
そっと視線で辿って上を見ると、ユウを抱きかかえるようにして眠っていたのは若君でした。
しかも互いに一糸纏わぬ全裸です。蒲団の中にいなかったら寒かったことでしょう。
…………結局昨日された事が何だったのか、よく分かりませんでした。
痛くて苦しくて、けれどとても気持ち良かったことは覚えています。
「…………。」
若君の看病を任されたはずなのに、眠ってしまったどころか若君の褥に共に寝てしまったことにユウは申し訳なさを感じて溜息をつきます。
暫くどうしようかと迷ったあと、絹の蒲団の心地よさや人肌の温もりは名残惜しいのですが、結局取り敢えずは朝の仕事に、と身体を起こしました。
「―――――――っ、!」
その瞬間、腰や、昨夜若君に何度も求められたところに、刺す様な痛みが走りました。
奥歯をかみ締めて痛みをやり過ごしてから、若君に奪われて放られた自分の使用人用の衣装を手にし、座ったまま帯まで結びます。
そして自分が抜け出た為乱れた蒲団を直してから、足音を立てぬようにそっとその部屋、若君の寝室から退出しました。
既に使用人達は静かに、けれど確かに動き始めています。朝食担当の台所女中達などは既に目覚めて久しいでしょう。
西の対屋から庭に降りたユウは使用人小屋の前を通り過ぎ、風呂釜近くまで行きます。
灰を掃除して、それから足りなくなっているかもしれない薪を台所に運ぶ為です。ついでに意外と(とは言え十年近く経っていたのですから当然ですが)伸びていた髪を、その辺に落ちていた薪を縛る荒縄を作る為の荒紐で結い上げました。
辺りを手早く掃いたユウは早速薪を抱えて、台所の裏口へと向かいました。コンコン、と軽く戸を叩くと、中からすぐに一人が顔を出しました。
「はい? ―――――――まぁ!」
その台所女中は、ユウを見ると驚いた顔をしました。何故だろう、と一瞬考えたユウはすぐにああ、と思い当たります。
今の自分は鉢を被っていないのです。鉢が割れた場に居合わせた人々は知っているかもしれませんが、あの時間屋敷の中で働いていた人間にはそれを見ていない者もいるので、誰だか分からないのだろう、と。
「ねぇ、皆! 鉢かづきが来たよ!」
しかし、その予想は外れその女中は薪を受け取るでもなく、台所の中に声を掛けました。
するとどうした事でしょう、中からわらわらと仕事の手を休めた女中達が顔を出します。薪を、と言う間も無く何故か腕を引っ張られて台所の中に連れ込まれてしまいました。
<続>