鉢かづき 十ニ
「ほら、食べなよ」
「…………」
一人が差し出してくれたのはおむすびと味噌汁、それから山菜の煮付けたもの。その米が旦那様や家人用の白米であったので、ユウは受け取るのを躊躇います。
「いいんだよ、旦那様があんたを見かけたら食べさせるように、って仰ったんだから。…………あんた、昨日の昼も夜も食べてないだろう?」
言われてみれば確かにそうです。
一食二食抜かすのは珍しくないユウは然程空腹ではなかったのですが、旦那様が仰ったのなら、と無言でそれを頂きました。
「ラビ様のご様子は?」
「…………お元気、だった」
昨日の様子からするに、もう心配は要らないでしょう。
「そりゃ良かったわ」
「しかしまぁ…………取れたね」
一人がユウの頭に触れて目を丸くします。
「あらまぁ、いい髪じゃない」
「ほんとだわ。肌も白くてきめ細かくて。こりゃ若様がオチたのも分かるってもんねぇ」
「割れた時に見たけれど、あんたって、まぁ…………綺麗な顔してるわ。うちのバカ亭主どころか女の私でも敵わないわ」
「そりゃあんたと比べるのはねぇ…………」
「ちょっと、それどういう意味?」
「?」
女中達は次々にユウの髪や頬に触れて口々に感想を漏らします。
くすぐったいので止めさせたのですが、この朝静かな時間に怒鳴れないユウは眉根を寄せるしかありません。
「ってあら、まぁ…………」
「「「「「まぁ…………」」」」」
ふと、首筋にまで触れていた女中が手を引っ込めました。彼女達は顔を見合わせ、それから示し合わせたように袖で口元を覆って含み笑いを漏らします。
「あら嫌だ。心配してたのに、若様ったら全く心配いらないじゃない」
「意外に手が早いのねぇ。隅に置けないわー」
「まだまだ幼い若君だと思ってたら、とっくの昔に大人にお成りだったのね…………」
年かさの女中が溜息混じりに呟きます。
彼女等の中では確実に若君の評価が変わったのですが、話が飲み込めないユウは彼女らの顔を見回すのが精々です。
「?、??」
「あらやだ、この子ったら気付いて無いわよ。ほら、御覧なさいな」
隅にあった小さな鏡を持って一人がやってきます。
その鏡を覗き込むと、そこに写った自分の―――――――鉢が取れてから、初めて見ました。…………母上の面差しが胸に過ぎります―――――――、首筋の下の辺りに紅い跡がいくつもいくつも散っていました。
少し襟元を引くと、その紅い跡は胸の方にまで続いています。
それが何なのか理解できず、紅い跡を指で辿りました。―――――――虫食いでしょうか。
「…………あら、随分初心ねぇ。あんた、大方訳も判らないままラビ様に頂かれちゃったんでしょう?」
「頂かれる?」
「お手つきになるって事。…………あら、分からない?」
「…………」
…………ユウが受けた教育とは、両親が亡くなって以降は極々文化的な書道や漢詩、家を出て旦那様に拾われてからは家事に雑事と生きる為の物だけです。幼かった為北の方を迎えるための夜の手解きやらは受けておりませんし、人々に大抵疎まれますから年頃の男子らしい色事のあれやこれやなどの噂話も知りません。子供は自然に湧いて出るもの、くらいにしか思っていないのでした。
なので。当然、自分がされた事が何だったのか、など知る訳がないです。
「―――――――…………」
ユウが小首を傾げると、
「…………可愛いわね」
ぽつり、と誰かが呟きました。
今日び、こんな初心で無垢な生き物はいい所のお姫様にもそうはいません。
「「「「「…………」」」」」
ちらり、と視線を交し合った女中達はユウの味方となることを決意したのですが当の本人はそんな事は露知らず、鏡を見るのにも飽きてもぐもぐとおむすびを食べるのでした。
<続>