鉢かづき 十四
「…………ラビ?」
おかしい、とユウは思います。
己は包帯を替えるようにと仰せつかって来た筈なのに、
何故今若君の腕に抱かれているのだろう…………と。
部屋に戻ってきた若君は部屋に入るなり、ユウを抱き寄せその肩に顔を埋めました。
傷が痛んだのだろうかとおろおろするユウの反応など全く気付かないようです。
する、
若君の指先がユウの髪を梳いて行きます。
「ラ、」
「ユウ、」
覗き込んできた、翡翠色の慈しむような瞳の色。
その色に、ユウはたじろきます。
それは、知らないモノでした。遙かな過去、今は亡き両親からはきっと受けていたのでしょうが、それは今はもう思い出すことが少し難しいのです。
「、」
荒紐に気づいたラビはそれを抜き取りました。滑らかな漆黒の絹糸が滑り落ちます。
「?」
「こんなのじゃ髪が痛んじゃうさ?」
髪なんてどうでもいい――――――思わずそう答えたかったのですがユウは大人しく沈黙します。
「そこにいて」
「ラビ?」
ユウから体を離したラビは、部屋の隅の文机に向かいました。
近くの小箱をごそごそ漁って、なにやら取り出して戻ってきます。
「縁の在る家に子供が生まれたって言うからお祝いにつけようかと思ったけど。ユウに似合う」
「…………え、」
…………若君が手にしていたのは金糸と色糸で細かく編まれた紐に、蕩ける様な深い緑色の石と紐と同じ色の房飾りのついた飾り紐でした。
一見して値が張るのだろうと分かるものに、ユウは一瞬目を奪われます。
それを手にしながら若君は再度ユウと向かい合い、正面からユウの首の後ろへと手を伸ばしました。
髪を一束に纏めて、器用に飾り紐で結い上げます。
「ラビ、こんなの…………」
使用人の身で受け取るわけには行かない、とユウは戸惑い気味に飾り紐と自分の髪に触れます。
「いいんさ。別のものを送ればいいんだから」
「だが、」
「いーのっ。ユウは気にしない!!」
「?、??」
若君は訳が分からずきょとんしたユウを暫く笑顔で見つめてから――――――
ユウの白い首筋に散った、紅い跡に唇を重ねました。
「っ!」
突然の事にビクンッ、とユウの身体は震え上がります。
それ自体が然程の刺激ではなくとも、それは昨夜の甘い熱を思い出させえるには十分です。
「ぁ、」
ユウが思わず、といった風情で零した、熱を込めた小さな吐息に若君は微笑み――――――
そしてその勢いで褥の上に押し倒したのでした。
「自業自得です。お分かりですね? 傷が塞がるまではご自愛下さい」
「はい…………」
夜。
諸般の事情(主に大人の運動的なモノの所為)により傷が見事に開き出血した若君に、医者はあきれ返ったように溜息をつきました。
「それにしても…………」
ちら、と医者が見た先は隣に敷かれたもう一組の布団。
「お若いとはいえ、流石にこれは行き過ぎでは」
「はは…………あ、はは」
ぐったりと伏して動かぬユウを、心底気の毒に見たのでした。
大体において、若君とユウの芽生えたばかりの恋は周囲の人間に受け入れられていました。
それはユウが多くの使用人や旦那様、若君の命をお救いした事もありますし、あの美しさでは無理も無い、とされた事でもあります。
また、若君と恋仲になりその寵愛をうけているとは言ってもユウはこれまでと変わらず良く働き、驕り高ぶるような事がなかった為でもありました。
しかし、全ての人間がそれを歓迎したわけでは、勿論在りませんでした。
<続>
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