鉢かづき 十五





「…………、」

 ユウはその部屋の前で呼吸を整えました。
 恐れ多くも旦那様のお身内からのお呼び出しです。
 さて何のご用事か…………と部屋の前で畏まります。

 お呼びになったのは一位の翁様。
 旦那様の極近しいお身内――――――と聞いています。
 
 お呼び出しになったことを、たまたま近くにいた女中達に告げた(仕事を抜けねばならないのですから当然です)所、彼女らは一斉に顔を見合わせ、
不安そうな顔をしておりました。

『気を付けて、鉢かづき』

 …………何を気をつけろと言いたかったのでしょう。
 
「失礼致します」

 襖を開け低頭します。

「来たか。…………顔をあげよ」
「…………はい」

 お言葉に従い、顔を上げます。

「…………むぅ、」
「…………?」

 一位の翁様は、小柄で細身の旦那様とは違い恰幅のある方でした。
 ユウを一目見て、唸ります。

「何か…………?」
「いや、何でもない。それより風呂焚き、そなたは何でも若と親しいとか」
「…………はい…………」
「ならばそなたから進言しておいてくれ。たまには我が大姫の下にも通われるようにと」
「…………はい、?」

 良く意味が分からないながらユウは頷きます。

「知っておるか風呂焚き。我が大姫と若には、縁談があったのだよ」
「…………、はい、」

 そういえばなんかそんなような事を言っていた気がする…………とユウはお返事をしました。
 恋文がどうの、と言っていたのです。

「だがしかし、そこに思わぬ虫が付いて邪魔が入って流れかけておる」
「…………。…………、?」

 …………ユウには、翁様の仰る意味がちっとも分かりませんでした。
 そのポカン、とした様子に一位の翁様は苛立った溜息をつき、
 
「その虫がお前だと言っているのだよ」
「…………」

 言ってないだろう、とユウは心の中で思いました。

「…………それは若様の縁談が俺の所為で破談になると?」
「うむ。そもそも本家直流に最も近い姫である我が娘と血の薄い若君との縁談は幼少時に定められていた事。それを、今更たかが使用人に入れ込んで
破談にするとは…………」
「…………」

 嘆かわしい、と首を振る翁様に、ユウは。

「…………あの、」
「?」
「何故、俺の所為で破談になるのでしょう?」
「…………は?」








 私室で脇息に凭れぐったりとしている一位の翁様に、周囲の人間がそれぞれに声を掛けました。

「おお、いかがなされた?」
「うむ…………少々、疲れた」
「ああ、あの件の風呂焚きを呼ばれたと…………」
「…………あれは…………ただの阿呆だ…………」
「「「…………?」」」

 うんざりした様子で溜息をつく翁様に周囲は顔を見合わせました。
 …………翁様のお疲れは最もな事です。
 全く事態を理解していないユウに、一から四までは教えてやらねばならなかったのですから。

「…………まぁあの風呂焚き自身は十分に身の程を弁えておる。あとは…………あの若造が邪魔立てさえせねば…………」


 
 




「…………。」

 ユウは、とぼとぼと廊下を歩いていました。
 そんな様子すら周囲の目には物憂げな様子と映り、感嘆の視線が集まっていたのですが。

「…………。」

 ユウの密やかな決意など誰も知らず――――――そして屋敷と人々は夜を迎えました。



<続>


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