鉢かづき 十七



「…………宴席?」
「そうよ。ほら、此処のお屋敷は庭師を何人も抱えてるでしょう? 他所のお屋敷の事なんて知らないけど、此処のお屋敷の庭は都でも評判らしいのよ」
「で、それを見に四季の花の盛りには殿上の方々がお見えになるのよ」

 ――――――昼の台所。
 台所女中達に混ざって仕込みをしていたユウは、話題の宴の詳細を聞いていました。
 四季其々に催される宴は高貴な身分の方々をお招きしての豪勢なもの。
 当日ともなれば屋敷は飾られ、お客人の元に侍る侍女侍従は元より目に触れる者全てが盛装しそれはそれは大層華やかになります。

「あんたは見栄えがするから、お客様のお世話係を仰せつかるかもよ」
「…………俺は風呂焚きだ」

 ついでに言えば雑用でもあります。どの道客人の前に出るような身分ではありません。

「なぁに言ってんの、旦那様公認の若様の恋人の癖にさ!」
「っ…………」

 一人の女中がからかうように言うと、ユウの頬はさっと紅に染まりました。
 あの夜中の門前での事以来、何かにつけてユウは若君の事を想っては赤面してしまいます。
 何故顔が熱くなるのか分からないユウは辟易しているのですが、周囲はニヤニヤと笑うだけで答えを教えてはくれません。
 
「だからこそ出さないんじゃない? 殿上人の方々に目でも付けられたら、たまったもんじゃないわよ。嫌とも言えないし」
「ああ、それもそうねぇ」
「それに若様、案外嫉妬深そうだし…………」
「言えてるわぁ」

 ドッ、と女中達が笑います。
 話の内容は良く見えませんが笑い者にされた、と言う事だけは気付いたユウは仏頂面を浮かべ(それは若君の前を除けばいつもの事でもあるのですが)黙々と野菜の皮を剥いていたのでした。

 と、そこに。

「盛り上がってる所悪いんだけど、ユウいる?」
「あら、若様」
「!」

 ひょっこり顔を出したのは、若君でした。
 
「ユウ、仕事中悪いんだけどちょっと来て。ジジイが呼んでる」
「…………はい」

 旦那様がお呼びとなれば、何をおいても行かねばなりません。
 ユウは若様に伴われ、台所を後にしました。








「ジジイ、ユウ連れて来たさー」
「失礼致します」
「うむ…………来たか」

 深く頭を下げるユウとは対照的に若君は軽い調子で旦那様の居室へと入りました。

「お呼びとお伺い致しましたが…………」
「その事だが。そなた、芸は出来るか?」
「…………はい?」

 突然のお言葉に、ユウと、そして隣の若君の目が点になりました。

「芸…………ですか」
「ああ。月の半ばに秋草と月見の宴が開かれるのは知っているな?」
「はい」

 先程話題になっていたばかりです。
 
「今回は右大臣様を主客に殿上人の方々をお招きしての会だ。南の彼奴等が、其処でお前を披露すべきと主張している」
「「…………。」」

 南の、と聞いた瞬間若君とユウの表情は微かに強張りました。一位の翁様以下、旦那様のお身内の方々です。
 共通しているのはユウの存在を快く思っていない、という点。
 
「披露? 披露って何さ?」
「男女であれば婚姻という形で披露されるだろう。お前達はその予定が無い。その代わりにすべきと」
「何それ…………」
「例え男であろうが当家の総領の伴侶となるならば其れ相応が求められて然るべき…………と」
「…………。」

 言っている事は筋が通っているようで通っていません。
 普通、総領の北の方がわざわざその身を人前に晒し芸をする、などと言う事はありえません。
 ――――――しかしユウは篭っていなければならない高貴な女性ではありません。

「…………剣舞なら、多少」

 躊躇うように、ユウは答えました。

「剣舞か…………決まりだな」
「ちょ、ちょい待って! 決定なんさ!? だってそんなの、」

 抗議の声を上げた若君を、旦那様が一睨みして黙らせます。

「明日明後日には衣装を持ってこさせよう。下がってよいぞ。ああ、ラビは残れ」
「…………はい。失礼致します」

 お許しを得て、ユウは静々と旦那様の部屋を辞しました。









「ジジイッ! 知ってんだろ!?」

 ユウがいなくなるなり若君は旦那様に食って掛かりました。

「ああ知っているとも。間違いなく罠の類だろうな」
「だったら!!」

 何で、と叫びかけた若君を旦那様は鋭い目で睨み付けました。

「阿呆!! ならば何を置いてもお前が守れ!!」
「…………っ!」
「ワシの赦しさえ得られればあとは全て平らに収まる等と、妄想しているのではあるまいな?」
「…………。」

 間接が白くなるほど強く握り締めた拳が力に震えます。
  
「…………逆に考えろラビ。考えようによっては好機だ。お前に反感を持つ者、炙り出す事が出来る」
「!」
「幸いにもあの鉢かづき、使用人の間でも評判がいい。奴等を味方に付けろ。あとはお前の采配だ」

 試すような挑むような、そんな目で旦那様は若様を見やりました。

「やってみろ。お前がそれを乗り越えられたなら、あとは何があろうが当家は安泰だろう」



<続>


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