鉢かづき 十八
「酒と肴の準備はできたか!?」
「蔵人頭様がお着きになられたぞ!」
「主菜はどうだ?」
日が落ちた頃、お客人をお迎えする時刻となりお屋敷の中はまるで蜂の巣でも突いたような大騒ぎです。
「接待役はどうだ、皆着替えは済んだのか?」
「後一人、ああ、誰か早くアレをつれて来ておくれ! それから南の納戸の衣装と飾り刀をね!!」
使用人の内客人の前に出る者、目に付く者は全て晴着に着替えなければなりません。
支度を終えた者からバラバラと宴の会場となる大部屋に向かいます。
「えっ…………!? まぁ、どうしましょう!!」
そんな中、一人の女中が悲鳴を上げました。
「?」
「何だ? どうした?」
「見てよ、あれ!!」
「ん? なっ…………どうした事だ!!」
…………南の納戸に仕舞われていた衣装と硝子の飾り刀。
それが、あろうことか衣装は裂かれ刀は叩き壊されと散々な状態です。
悲鳴を上げた女中の声に人がわらわらと納戸の前に集い、中を見て驚きに顔を歪めます。
「一体誰の仕業だい、ありゃ」
「ちょっと、あれは誰の衣装だよ!?」
「…………俺だ」
人の山の後ろから、声が上がりました。
「鉢かづき、」
「…………。」
人垣が割れて、ユウはその納戸を覗き込みました。
「…………ってーと、やったのは、」
「しっ!! 余計な事は言うもんじゃないよ! それに、本当は誰か知れたもんじゃない」
「…………、」
囁き交わす人々の事等知ったことではないユウは、裂かれた衣装と飾り刀にさてどうしたものか…………と考え込みます。
本当は、これを口実に出なくて済むのならそれに越した事はありません。
しかしそれは恐らく、南の方々に格好の口実となって責められる事でしょう。
…………自分が責められるのは痛くはありません。痒くはあるかもしれませんが。
しかし、それが若君にも降りかかるとなれば…………
「誰か、誰か北の衣裳部屋に行って錦の帯を持ってきておくれ」
北の衣裳部屋にあるのは若君や旦那様の、今はもう使われていない衣装を仕舞っておく部屋です。
「? 帯なんかどうするんだい?」
「裂かれてるのは腰から下だけだろう? 切れ目の端をかがって上手い事元々そういう造りみたいに誤魔化して帯で隠せば見えるもんになるだろうよ」
「おお、そりゃいい」
「針の出来る子は手伝っておくれ! ほら、鉢かつぎぼーっとしない!!」
「え、」
「そういやあんた、剣持ってたじゃないか。持っておいで、黒一色のあの地味な剣も五色の絹糸の房飾りでも付けりゃいいだろうよ。ほら、さっさとする!!」
「あ、ああ…………」
針子頭に急き立てられ、ユウは慌てて使用人小屋へ向かいました。
「!」
使用人小屋の前に、数人がたむろしていました。
それは同じ使用人仲間です。この忙しい時に、とちら、と視線をやってすぐに戻します。
小屋に入りかけたユウの肩を後ろから掴む手がありました。
「、離せ」
振り向くとそこにいたのは矢張り使用人仲間。
「そうは行かねぇな」
「…………は?」
「てめぇが出て来れねぇようにしろって言われてんだよ」
「…………南の方々か」
「違いねぇが…………それだけじゃねぇ」
…………見れば確かにそこにいたのは大柄な、尚且つ人相の悪い人間ばかり。
「たかが風呂焚きの分際が、上女中も差し置いて大手を振って歩いてんのを見てるのは腹が立つ。俺らの中にもそう言ってる奴が大勢いるんだよ」
「…………。」
「何でもてめぇ、随分と若様の「お気に入り」らしいなぁ? てめぇのケツはそんなに具合がいいのか? ああ?」
「…………、」
ユウはぐっ、と拳を握ります。
…………こんな安い挑発に乗るわけには行きません。
「男妾侍らせて喜ぶなんざ下衆な趣味だぜ。流石は赤鬼って所か」
「…………赤鬼?」
「知らねぇのかお前。お前のご主人様、あの若君の事だよ」
「言い得て妙だろ。お身内の一人が毛唐の売女を孕ませて出来たガキだって話だ。じゃなきゃあんな不気味な血の色みてぇな頭になるもんか」
「…………。」
「何でも噂じゃ母親の腹食い破って出てきたんだってな。化け物だぜまったく…………」
「…………分かった。もういい」
…………ユウは静かに、有無を言わせぬ調子で遮りました。
「…………今すぐその汚ねぇ口を閉じろ下衆が。殺すぞ」
「言うじゃねぇかてめぇ。腕に自信があるってか?」
「得物もねぇ丸腰…………が…………?」
「ガ、ハッ、」
…………一人の足が宙に浮いています。
片手だけで大の男の首を掴んで持ち上げて見せたユウは、青白い炎を目に宿して再度繰り返しました。
「口を閉じろっつったのが分からねぇのか? それともてめぇらの言葉じゃ何て言うんだ」
…………青白い炎は、赤い炎よりも温度が遥かに高いのです。
首を掴まれた男の顔は見る見るうちに赤くなっていきます。
苦悶の色を浮かべた頃にユウはその男を、他の使用人に向かって投げつけました。
「うぉっ!」
「…………」
ユウは、冷ややかに、けれど確かな怒りを込めて男達を睥睨します。
その視線に及び腰になる者、逆に客気に駆られる者、それぞれでしたが結局彼らが辿った末は、同じなのでした。
<続>
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