鉢かづき 十九




「遅いよっ! 剣を取りにいくだけで何でこんなに時間が掛かるんだい!?」
「す、すまない」

 ユウが使用人達の詰めている控えの部屋に戻ると、針子頭から容赦ない叱責が飛びました。

「まぁまぁ、ともかく着替えを…………って鉢かづき、お前この手どうしたんだい!?」

 取り成すようにしてユウを部屋の中に連れて行こうとした一人の女中が、紅く染まった手を見て驚いて声を上げました。

「あ、いや、これは、」
「なっ…………酷い怪我じゃないか!!」
「どうしたんだい!?」

 数人が驚き顔で手を覗き込みに来ます。

「これは…………俺のじゃない」

 ユウはぼそりと呟きました。

「「「「??」」」」
「絡まれた、から。叩きのめしてきた」

 軽く半殺しです。
 幾らなんでも旦那様の使用人である彼らを殺す訳には行きませんでした。

「「「「…………」」」」

 その言葉に、彼らは一様に顔を見合わせました。

「鉢かづき…………」
「あんたって子は…………」
「その叩きのめしてきた奴はどこに?」
「小屋の前に放ってある」
「あとで男衆に回収してもらおうかね。誰か布を水にひたして手を拭ってやっておやり! ほらほら、もう時間はないよ!! 鏡の前においでっ!!」

 針子頭の指示に従いバラバラと人々が動き出しました。

「ほらほら、早くその服は脱いで!」
「あ、ああ…………」

 その勢いと剣幕に押されながらユウはその服を滑り落とすようにして脱ぎ捨てました。
 露になる身体に、後ろで帯を結ぶ為に控えていた男の使用人達は喉を鳴らし、見守っていた針子以下女の使用人達は密やかに囁き交わしました。
 
「全く、男を見てにやついてるんじゃないよ。大体これは若様のだって言うのに…………」
「…………。」

 そんな彼らの様子に、全く手は休めないまま文句を付ける針子頭はユウの身体に衣装を掛けて、袖を通させます。
 見れば既に無残な様子だった裂かれた部分は上手くかがって始末されており、確かに元々そういう衣装だったのだろうと思わせる出来映えです。
 
「でもまぁ、あんたも大概災難だね。絡んできたのだってどうせ南の手先だろ?」
「!」

 その言葉に驚いてユウは、自分の前で膝立ちになりながら丈を調整している針子頭を見ました。

「何で、」
「とっくの昔に噂になってるよ。大体南の方は昔から歳近い大姫様を若様と娶せたいって思ってたからね。大姫様も確かに美しいし、気立ても宜しい方だし。うちには他に丁度いい年頃の姫様はいらっしゃらないし分からんでもないよ。そりゃ若様が惚れあがったお前の事なんぞ良くは思われないだろうよ。わざわざお前が困るような指図も受けたしね」
「…………それは、」

 困るような指図、とは恐らく、例えば衣装が大変な事になっていても手を貸すな…………など、そういった事でしょう。

「…………指図に背いて大丈夫なのか」
「あんたねぇ。自分の主人は誰だか分かってるかい?」

 呆れた口調の針子頭に、ユウは何故そんな事を聞く、と思いながら答えました。

「…………旦那様だ」
「だろう? 此処の使用人は全員旦那様に雇われてるんだよ。ご主人様は旦那様を置いて他にはいない。私達がお仕えするのは旦那様であって、他の方にお仕えするのはその旦那様のお指図あってこそのもんだ。――――――旦那様御自ら、旦那様と同列に扱ってお仕えするようにって仰った、若様以外はね」
「…………。」
「つまり、あたし達はそんな南の方の指図よりも若様や旦那様からのお指図の方が重要なんだからいいんだよ。そんなに自分の指図を優先させたいなら私費で使用人でも雇えば良い」
「…………。」
「…………まぁ、それに。偉そうなクソジジイからの指図よりも、若い男があたしらみたいな身分の低いのに低頭して頼んできたらそっちを優先させたいってのが人情でもあるかもね」
「?」

 話の間にも手のスピードは全く衰えず、丈を詰め終わった後は今度は袖の丈を調整していきます。その間に他の女中が、背の高いユウのの髪を整える為と踏み台に上りながら髪を結い上げて飾り紐を結いつけていきました。

「若様とお前の為だけじゃなくて、大姫様の為にもあんたに頑張って欲しいんだよ」
「!」

 南の大姫様。
 ユウがいなければ、若様の結ばれる筈だった方です。
 直接お会いした事など未だにありませんが、一度だけ垣間見た事があります。  
 お母上に似たのでしょう、緑の黒髪も豊かな、温和で優しそうなお顔立ちの方でした。
 
「あたしは大姫様のご衣裳も見させていただいてるから良くお話もさせて頂くんだけどね。大姫様も若様とどうとか、そういうつもりはないんだよ」
「!」

 ユウ以外に聞こえぬようにと声を低めた針子頭が早口で続けます。

「大姫様の所には昔から通う男がいるんだ。そのお人だってけして悪い家のお方じゃない。だけど、お父上様があれだからね。遠慮して言い出せないらしいのさ。若様と旦那様がご結婚にいい顔しなかったのだって、大姫様を思っての事だってのもあるのにさ。子の心親知らずだね」

 そんな言葉はないけどね、と針子頭は締めくくりました。

「…………。」
「…………さて! ほら、帯だよ! 早くおいで!!」

 その言葉に後ろに控えていた男達がやって来て、帯を手にします。
 
「舞手だからね、強めに結んでおやり。舞ってる最中に解けましたじゃ格好がつかない。ああ、あと紅を目元に…………」

 漆黒の髪に、常であればまず着ないであろう紅に花の地紋、袖だけ幾枚もの布を重ね唐衣を模した衣装が例えようもなく映えて見えます。
 …………細い錦の帯を結び其処に舞扇と剣を指し、目元に紅を差し髪を結い上げたユウを正面から見て針子頭は満足そうに頷きました。

「うん、いい出来だ。都の舞手とも勝負できるよ」
「…………まぁ!」

 好奇心から前に回りこんできた女中達が口々に感嘆の声を上げてきます。

「ああ忘れてた。布を…………」

 仕上げに、ふわりと柔らかい透ける絹布を頭から被せる様に付け、出来上がりです。
 
「まるで天女みたいじゃないかい!」
「有り難い、寿命が延びそうだ」
「…………」

 口々に褒め称える彼らにユウはなんとも言えないような顔をします。
 
「宴の方は?」
「今さっき最後のお客人が着かれたそうだから、もう始まるんじゃないかね」
「じゃあ控えの間に移動しなきゃだね。案内してやっておくれ」

 ユウは、数人に導かれて広間の横の小部屋へと向かいました。




<続>


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