鉢かづき 二十




 宴は始まり、既に場は和やかな気配。
 この日の為に選ばれた侍女らは上手い采配でお客人の皆様方に給仕をし、またお酌をします。
 家の主人たる旦那様やその跡取りである若君を始め、南の主だった方々、そしてその妻女らが透ける御簾の向こうに顔を揃えそれぞれにお客人との談話の最中。

「若殿は何でも都の方に来られているとか?」
「はい、常は勉学の為に行かせております」
「ほほう、ならば一度当家にも顔を出されよ。のぅ?」
「ありがとうございます。若輩者なので、ご無礼がないと良いのですが…………」

 …………そんな中、控えの隣室から侍女が一人、小さく合図をして見せました。  
 それに旦那様が反応を返す前に、声が上がりました。

「…………今宵は花と月の他、今一つご覧に入れたいものがございます」
「「!!」」

 朗々と声を上げるのは旦那様でも若君でもなく、南の一位の翁様でした。

「当家の使用人の中でも最も見目麗しき者を、この場で舞わせたく存じます。何卒、作法も知らぬ身分卑しき風呂焚きのこと…………多少の事にはお目を瞑っていただければ幸いでございます」
「…………っ!!」

 その言葉に若君は口の端を噛みました。
 勝手な真似に旦那様の眼差しも鋭くなります。
 …………この場で敢えて風呂焚きとその身を明かして見せたのは嫌がらせに他なりません。若君が選んだ者である、などと言えない様にとでしょう。
  
「何と、風呂焚きとな?」
「私など当家で抱えている風呂焚きの顔も知りはしませんが…………」

 お客人は顔を見合わせて不可思議そうな顔。   
 ざわめく彼らの中で、一際恰幅の良い、最奥の上座に座する方は頷きながら、
  
「それはまた一段変わった趣向。風呂焚きの舞など聞いたことも無い。見せてもらおうか」 
  
 …………と、そう仰いました。   

 南の翁様が手を叩くと、控えの間とこの部屋を繋ぐ部屋の襖が開かれます。
 そこで指を突き低頭していたユウは、ゆっくりと顔を上げました。






 
 …………まずは無事にその場にいた事に若君は内心安堵を、そして一位の翁は不快そうな顔をします。

 膝行してお客人達の前、広めに取られた場所までやってきたユウはその場で丁重にひれ伏しました。

「…………ふむ?」
「風呂焚き、か…………」
「顔は見えませぬが、あの者、使用人としては随分と風雅な…………」

 目の肥えたお客人である貴人の方々が囁き交わします。
 その前でゆっくりと立ち上がったユウは、剣を抜きました。
 刀身までも黒い珍しい剣に興味を引かれたのか、お客人は身を乗り出すようにして期待の顔。

 
 ――――――ポーン…………


 鼓の音が一つ。その音に合わせて右足だけ前に踏み込んだユウは前を見据え――――――そして胸元にまで剣を上げます。
 剣舞は幼い頃、お祖父様の御前にて披露する為にとよく習った物です。
 上手く舞えるとそれはお祖父様はお喜びで、内孫である方々を差し置いて外孫のユウを可愛がっては(それは内孫の方々は常にお傍近くにいるのですからいつでも可愛がれるといのもあったのでしょうが)横に座らせて戴いたものでした。

 そんな事を何故か懐かしく思い出しながら、鼓の音に合わせ剣を振るいます。
 拍子を変えていく鼓の音に合わせながら、逃さぬよう丁寧に一挙一動までに気を使い、舞い上げます。
 いつしか鼓だけではなく、琴や、篠笛の音も重ねて響き始めました。それはユウの知らない曲ではありましたが、それは天賦の才とでも言うべきでしょうか。全く其れを感じさせない舞でした。
 気を利かせた奏者達の雅な音色に併せてユウは長い剣を巧みに操り袖や腰布を翻しながら一人ひらりひらりと舞い踊ります。

「ほう…………」
「これは中々の舞い手。風呂焚きにするとは勿体ない」

 最初はさては笑いを取るためのおかしい余興か、と見ていた貴人の皆様も、気が付けばその優美な舞いに見とれています。

「…………ユウ」
「…………一体あやつは何なのだ?」

 ある意味、お客人以上に驚いていた若様と旦那様は唖然としながらそれをお客人とともに目で追います。

 曲調が代わり、楽の音が早くなるとユウはちらり、と部屋の四隅に目をやりました。
 部屋の隅には背の高い花台に水を張り、その上に色とりどりの花弁と火を灯した蝋燭を浮かべたものがあるのです。
 視線をやり距離を確認したユウは、さっとそのうちの一つによりました。

「おお!」
「まぁ、凄い!」

 剣の切っ先だけでその水から花びらを掬いあげ、部屋の中へと高く投げていきます。
 お客人や主人に給仕として仕えていた侍女らや御簾の向こうのお身内の妻女が、明るい声をあげてその花弁を袖や掌で受け止めて行きます。また、お客人がたは手にしていた杯で花弁を受けようと、ちょっとした遊びのように花弁を追いかけます。
 その中に自慢の大姫が混ざっていた事に老翁は苦虫でも噛み潰したかのような顔をします。それを、旦那様だけはちらり、と観たのでした。

 華やいだ宴席で、やがて舞い終わり鞘に刀身を戻しひれ伏したユウに、今宵の主賓である右大臣様が上機嫌に声を掛けました。

「風呂焚きとやら、見事な舞であった。何か褒美を取らそう」
「勿体無きお言葉でございます」
「近うよれ、顔を上げよ」
「…………」

 若干の気の進まなさはあったのですが、ユウは大人しく従い、右大臣様の前で恐る恐ると顔を上げました。
 若君はそんなユウを、内心でオロオロしながら(それは勿論、美しいユウに右大臣様が気を移し是非己の物に、と言われてしまったらどうしようという心配からです)それを見つめます。

 ゆっくりと顔を上げたユウに――――――客席は騒然としました。

「何と! あれが風呂焚きなどを!?」
「信じ難い、こちらの姫君ではないのか」
「…………!?」

 騒然とした客席の中で、二人だけ――――――周囲とは違う理由で息を呑んだ方々がいらっしゃいました。

「女三宮様…………!?」
「…………義姉上様!?」

 その言葉に、ざっ、と誰の目にも明らかなほど血の気を引かせたユウは顔を思わず扇で隠しました。


 
 





「右のお大臣、その風呂焚きが何か?」

 客人の側に控えていた老翁が喜色を滲ませながら伺います。彼にとって目障りなユウが右大臣に見初められるならそれも良し(右大臣から欲しいと言われて断るような力はこの家にはないのですから)、或いは粗相があってお叱りを受けるのもまた良し、なのです。

 しかし右大臣も、そして声を発したもう一人も彼にかまう様子はありません。

「もう一度、顔をあげよ、」
「…………」

 右大臣様に震える声で命じられたユウは、しかし今度は従えずに俯いたままです。

「そなた、右の大臣の言葉に逆らうとは何事か!!」

 それにすぐに飛んだのは老翁の叱責です。
 しかし、

「そなたは黙っておれ!!」

 逆に右大臣に叱責され、周囲が別の意味で騒然とし始めました。

「…………ユウ、なのか?」

 …………お客人の一人がふらり、と席を立ちました。
 思わぬ言葉に、若君は目を見張ります。
 その方は、老いているとはいえ、けして見忘れない――――――身内です。
 最初のお言葉で何があったのか大体察した旦那様は、ただ呆然とことの成り行きを見守るだけです。

「そなた、ユウなのであろう?」
「…………御人違いでございます、」
「嘘偽りは良い、…………此ほど立派になり、義姉上によう似たとは、…………兄上も義姉上も、草葉の陰でお喜びであろう、」

 言葉を詰まらせたそのお客人は、――――――亡き父の弟、今は神田の頭首である方は、感無量といった顔でついには顔を袖で覆いました。

「悪妻の讒言を聞き入れたばかりにそなたを追い出す羽目となり、神田の家を傾けてしまった…………。どうか許してくれ、」
「…………ぇ、」
「全ての責は私にある」
「叔父、上…………」

 その言葉にユウが小さく呟きます。

「そっ…………その風呂焚きが一体何だと…………!!

 突然のことに動転した老翁が声を荒げます。
 それを一喝したのは右大臣様でした。

「無礼な! この方を何方と思うておる!!」
「な、」
「降嫁なされたとはいえ皇后様所生、今上帝ご鐘愛であらせられた亡き三の内親王殿下を御母上に持つ方ぞ! 口に気をつけよ!!」
「えっ…………!?」

 周囲の人間が、そろって息を呑みます。
 …………そんな中、まるで助けを求めるような目でユウは若君を見ていたのでした。


<続>


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