鉢かづき 二十一




「…………ユウ、」
「…………」

 …………宴が騒然とした中解散し、お客人が引き上げた後。
 若君は闇夜に紛れてユウの元を訪れました。

 ユウがいるのは、勿論使用人用の小屋ではなく最上位の客室です。  
 宴の中右大臣様が公にしたユウの生まれ。
 それは、ユウが尊い血を継ぐ高貴な生まれである事。
 当然のように今部屋の出入り口には侍女と寝ずの番が控えています。
 …………若君が入ってこれたのも、その寝ずの番と侍女の手引きあってこそでもありました。

「…………泣いてるの?」
「っ…………れ、お前、や、旦那様、に、迷惑っ…………!」

 勿論、そんな高貴な方を使用人として扱える筈もありません。この家の主人たる旦那様や若君よりも余程ユウの方が出自は上なのですから。本来は跡目を継ぐはずだった神田という家も、鐘愛していた亡き愛娘の子を行方知れずにさせた、という帝のお怒りにより傾く前であれば、遙かに格が上です。
 …………そのユウを、知らぬ事とはいえ使用人として、それも最下級の風呂焚きとして扱っていたのです。
 何らかのお咎めがあっても不思議ではありません。
 そしてそれらは旦那様の咄嗟の口止めを効は成さず、あっという間に他の使用人達にも広まっていました。
 
 恐れの余り涙を零すユウを、若君は何度も背を撫でて落ち着かせようとします。

「ユウ、俺達は大丈夫だから…………」
「…………ラビ、」

 涙を零した黒い瞳は、部屋の隅で揺れる燭台の焔を映してまるで鉱石のような輝きを見せます。
 
「俺は…………もう此処には居られない、んだな…………」

 心底の哀しさを含んだ声に、若君は無言となります。
 明日の昼には、ユウは此処を発って家に戻る事になっています。
 帝へのご挨拶、家を継ぐための準備。これから忙しくなるのです。

「…………階位などいらない、風呂焚きでいいから、お前と一緒が良かった…………」

 …………そこには天と地程の差があるのです。   
 それでも、とユウはきつく服の端を握り締めます。

「…………ねぇ、ユウ。…………二人で逃げちゃおうか、」
「!」
「此処から逃げて…………誰も知らない所に行こうか」

 一瞬顔を跳ね上げたユウは、しかし、静かに首を横に振りました。

「駄目だ…………それは、旦那様にもご迷惑がかかる…………」
「…………。なら、それならどうするって言うんさ…………!」
「!」

 若君は悲鳴のような声を上げながら、ユウをその場で押し倒しました。
 叫び声を上げ掛けたユウは、けれどその若君の瞳に揺れるモノに気付いてその抵抗の一切を辞めます。
 自分の視界も揺れていく中、ユウは、その翠に吸い込まれていくような、そんな不思議な感覚に身を委ねたのでした。












「…………。」

 後ろ手に戸を閉めながら、若君は素早く此処から逃げ出す算段を立てていました。
 当座の生活に必要そうなもの、身を寄せる場所。
 それらに思い巡らしながら…………

「「「…………。」」」
「…………、…………なんっ!?」

 頭を抱える小柄な老人。抜刀している壮年の男二人。
 戸の脇にいた三人に、危うく絶叫しかけたのでした。











「…………ラビ、」
「ん? なーに?」
「…………なんでお前そんなに、怪我してるんだ…………?」

 朝。
 目を覚ましたユウは、傍に若君が居た事に安堵し…………そしてその顔のみならず全身怪我だらけだった事に瞠目したのでした。

「あーうんこれ? 男の勲章?」

 …………正しくは「うちの甥に何を!」「帝のお孫様に何を!」「「やっておるのだ!!」」とジジイ×2に襲われた所為です。ジジイ無双乱舞です。
 最中に踏み込まれなかっただけマシというものですが、ユウにはとても教えられません。全て筒抜けだったなどと。
 そして図らずして二人の関係はお二人の知る所になりました。
 その為にユウが戻りたがらないのだ、という事も。

「ねぇユウ。俺、ユウに付いてユウの家に行くからね」
「…………え?」
「学友兼側近候補にしてくれるって、叔父さん言ってたさ!!」

 …………無理に引き離せば悲しませるだけなのだと気付いたお二人が出した妥協案。
 元々若君は都で勉強していた身。その際身を寄せる場所を変えるという事なのです。

「これでずっと一緒にいられるさ!」
「…………、…………、…………〜〜〜〜〜!」
「わ、…………泣かないでユウ、笑って?」

 堪らず若君の肩に顔を伏せて泣き出した――――――それはこれまでの涙とは意味が違いますが――――――ユウに、若君は囁きました。

「不束者ですがお世話になるさ♪」
「立場が…………違うだろ…………」

 その言葉に、ユウが泣き笑いの表情を浮かべ。

 そして二人は、焦れた侍女達が支度を促すため踏み込んでくるまでずっと抱き合っていたのでした。





 
 
 
 都のさる貴人のお傍には、常に紅い頭の唐人が控えておりました。
 二人は常に共に居た為、周囲からは「夫婦でも無いのに、まるで比翼連理の如きではないか」との評を集めておりました。
  
 二人は何時までも、末永く共に暮らしたそうです――――――。



<終>



 ネタを頂戴したよ文その3.
 初めてこの原作となる話まともに読んだんですがすげぇ萌えた。萌えた結果がこれだよ!
 最後の最後でまさかの主従逆転。
 全二十一話と無駄に長くなりましたが此処までお付き合いいただいた皆様ありがとうございました!



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