やがて歳月は流れ、五年の月日が経ちました。
鉢かづき――――――かつてユウ、と呼ばれていた少年も、今やすでに立派な青年です。
相変わらず鉢は取れず、せめてもの救いは鉢に手足が生えた様だった格好が今はまぁ、人が頭に鉢を被せているのだと一目で分かるようになったことでしょうか。…………救いでも何でもありません。
人々からは変わらず好奇の視線を受ける鉢かづきは、いつしか滅多に口を開かぬ寡黙な青年となっていたのでした。
良く働き、不満一つ零さぬ鉢かづきは老翁――――――旦那様の覚えも良く、最初拾われた小さな別宅ではなくm本邸で雇われる事になりました。
…………本邸には当然別宅よりも遥かに多い使用人達がいます。勿論、鉢かづきを嘲笑ったり気味悪がったりする人間も多かったのですが、最早慣れて切ってしまった鉢かづきにはどうでも良いことでした。
それは、鉢かづきが本邸で雇われるようになって、最初の秋のことでした。
「今日は若様が都よりお戻りになるのだ、各人役目をしっかと果たし粗相の無いようにせよ!」
「若様…………?」
朝の使用人達の集まりで、使用人頭がそう言いました。
鉢かづきは小さく首を傾げます。その様子に、隣に居た年かさの女中が教えてくれました。
「ああ、あんたはお目に掛かった事は無かったね。ラビ様と言ってね、旦那様の大事なたった一人のお孫様なんだよ。普段は勉強の為に都に行かれてるんだけど、たまにこうしてお戻りになるのさ」
「成程…………」
まぁどのみち風呂の火番と雑用が仕事の己にその若君とやらに遭遇する事もないだろう、しかし恩人の子息、万が一の無礼が合ってはまずい、と鉢かづきはその「ラビ様」という名前だけを覚えていられるよう、心に刻んだのでした。
「お帰りなさいませ、若様」
「都は如何でございましたか?」
昼前。
屋敷の前は騒がしくなり、若君の帰還を居合わせた使用人や家人が口々に労います。
「うん、いつも通りさぁ。こっちも変わりない?」
「ええ。…………ああ、そういえば、面白きものが一つ、」
「面白い…………?」
何気無く一人が溢した言葉に、好奇心満ち溢れる若君――――――ラビは、瞳を輝かせたのでした。
「なぁ、ばあや。面白いものがあるって下働きの奴等が言うんだけど心当たりある?」
「ああ、はい、若様。それは恐らく新しく旦那様がこちらに雇い入れた風呂焚きの使用人の事でございましょう」
祖父や主だった家人への挨拶を済ませ、旅装束から気軽な寛ぎ着に着替えた若君は、着替えを手伝ったばあやに早速と聞きました。
「使用人? 何、何? どんな奴?」
「どんな、ですか…………そうですね、口数は多くなく、よく働きます。自分の仕事以外にも忙しい者の仕事などをよく手伝ってくれます。使用人の中には不気味だと影口を叩くものもおりますが、私は気に入っておりますよ」
「…………普通にいい奴じゃん」
それの何処が面白いのか、と若君が不思議そうに首を傾げます。
「それが…………その者は、何故か鉢を被っているのです。…………ああ、丁度来ましたね、あれです」
「…………ほんとだ」
ばあやが庭を指差し、若君がそちらを向くと確かに庭の隅を、大きな荷物を抱えた鉢を被った誰かが歩いている所でした。
「…………何アレ? 帽子の代わり?」
「聞くところによると、あの鉢が取れないそうで…………何人かで引っ張っても見たのですが、びくともせず…………」
「へぇ…………」
見ている間にもさっさと荷物を運び続けています。
…………そして、使用人の詰め所の方では、数人が石に腰掛けてなにやら談笑しているようです。
それどころか時折詰め所に荷物を取りに戻ってきたその者を、指差して嗤っているようでした。時折足元の石を拾っては、投げつけています。
「なぁ、あれ、」
「不満一つ溢さず働くので、忙しくないのにああして自分の仕事まで押し付ける不届き者がいるのです。どれ、また後で使用人頭に言って叱ってもらいましょう」
「…………名前は?」
「…………さて。名で呼ばれるのを嫌がるので私共は鉢かづき、と呼んでおりますが…………」
「…………ふーん」
若君の視線は、その者、鉢かづきにじっ、と向けられたままでした。