時刻は既に夕昏時。
 屋敷の台所からは主人一家の為の夕食を支度する、良い匂いが漂っています。
 そんな中、鉢かづきは一人風呂の外、火を焚く釜の直ぐ傍で薪割りに勤しんでいました。


 カンッ!


 小気味好い音を立てて、台代わりの切り株の上に置いた薪が真ん中から両断されました。
 薪割りは風呂焚きの仕事の中で鉢かづきが一番好む仕事です。堂々と剣を降れるのはこの時だけなのですから。
 ついつい多く斬り過ぎて、台所担当の女中に持っていく事になるのもよくある事です。
 しかし女中達には辛い薪割りをしなくてすむと、喜ばれているのですから悪い事ではないでしょう。

「…………、」

 今夜の薪は充分すぎるほど斬りました。
 旦那様や家人の方々の分だけではなく、若様の分も必要とは言ってもこれだけあれば充分です。
 一回に使う量ごと小分けにし、荒縄で縛り上げ、余った分を台所用に、と纏めて縛り上げます。
 
「精が出るさねー」

 そんな中、鉢かづきに暢気な声がかかりました。

「?」

 振り向くとそこにいたのは、自分と同年齢くらいであろう、青年が一人。夕日の色の髪と、皐月の頃の葉のような色の瞳の鮮やかさに、一瞬目を奪われます。しかも見れば随分と整った顔立ちです。
 そんな相手が人の良さそうな笑顔で、ニコニコと笑いながら鉢かづきに親しげに声を掛けてきました。

「うわ、こんなに斬ったんさ? すっげぇなー」
「…………そうでも、ない」

 その親しみやすい様子と、使用人たちの揃いの白い衣服に似た服に、同じ使用人かと判断した鉢かづきは小さく返しました。
 …………台所の女中達にはそうでもないですが、基本的に鉢かづきはいつも他の使用人から嗤われたり嫌われたりしています。仕事を押し付けられたり、食事が用意されてないなんていうのは良くある事です。
 それは良く働く為主人の覚えがいい、という理由もあるのですが鉢かづきはそれは知らず、単に自分の異様な姿が気味悪いのだろう、と諦め気味に思っています。
 ですから、この様に気軽に声を掛けてきた相手に、思わず嬉しい――――――ほんの少しだけですが、嬉しい、と、思ってしまったのでした。

「…………ねぇ、何で他の奴の仕事までやるんさ?」
「…………?」

 一しきり感心した様子の青年は、少し声を改めて訊いて来ました。
 何故そんな事を訊くのかと不思議に思いながら鉢かづきは答えます。

「――――――別に。あいつらの為にやってる訳じゃない。…………力仕事なんぞは、女子供や年寄りじゃなくて出来る奴がやればいいだけの話だ」

 力仕事は女や幼い者、年老いて力の無い者にやらせるのは忍びないと積極的に代わりに行きますが、それ以外は別に、不真面目な使用人達の為に彼らの仕事をやっている訳ではありません。

「じゃあ、何で?」 
「奴等が仕事をしなければ旦那様やお身内にご迷惑が掛かる。…………俺は旦那様に恩が在るからな」
「ジ…………旦那様に、恩?」

 不思議そうな顔をした青年に、ああこいつも此処に勤めて短いのだろうか、と鉢かづきは思いました。

「こんな珍妙な姿の俺を拾って雇ってくださった。旦那様に拾っていただかなければ俺は今頃飢えて死んでいただろう。だからだ」
「…………だから、そんなに一杯働くんだ…………」

 …………青年の声の中に、優しい、労わりの響きが混ざります。
 恩を返す為に、主人やその身内の為に身を粉にして働く鉢かづき。どこぞの不真面目な使用人達にも見習ってほしいものです。

「っと、俺そろそろ行かなきゃ…………夕飯だし」
「そうか、」

 こんな早い時刻に夕食とは夜勤なのだろうと鉢かづきは納得します。

「そう言えば、名前なんて言うんさ?」
「…………あ?」
「名前。…………何?」
「…………ユウだ」
「へぇ、ユウ、かぁ」

 ――――――名を教えた事など、これまで数えるほどしかありません。
 何故教える気になったのかは鉢かづきにも分かりませんでした。

「お前は?」
「へ? 俺? あー…………」

 鉢かづきが聞き返すと、何故か青年は語尾を濁します。

 何だ、と不審に思った鉢かづきは、次の瞬間言葉を失いました。

「俺、ラビっつーんさ。あ、じゃあ、またね!」

 言うなり走って遠ざかっていく気配がします。しかし鉢かづきは、呆然とその名を繰り返します。
 今日都から戻られた、旦那様のたった一人のお孫様。このお屋敷の若君の名――――――です。

 自分の態度がとんでもなく不遜であった事を思い出し、鉢かづきはさぁっ、と蒼褪めたのでした。 


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