南の対屋。
 締め切った一室で、顔を突き合わせて不満げに零すのはそれぞれが既に翁の域に達している老人達です。

「…………全く、強情な小僧ぞ、」
「然様でございますな」 
「我が大姫なれば、容姿も気立ても、何一つとして瑕などあるまいに」

 …………その老人が苛立っているのは件の若造――――――本家の跡取りに迎えられた、頭の出来こそよいが何処の血が混ざっているかも知れない青年――――――の事。
 その彼が元服して間も無くから、大姫を嫁に、と迫るも中々彼と彼の保護者である当主は首を縦に振らず曖昧な態度です。
 それを許し難い、と気炎を上げているのでした。
 傍系の一位である彼の大姫は血筋で言えば、今の跡取り孫息子――――――ラビよりも、余程本家の血に近いのです。
 感覚としては「くれてやる」という部分が大きいのですが。

 何せ、今の当主は彼らと同年代の老練なやり手です。
 なればその当主よりも御しやすいであろう跡取り孫息子を、女で釣って一族の政を自分達の都合の良いようにさせようと企んでいるのでした。 

「まぁまぁ、それでも余所に通う女を作らぬだけ、身の程を弁えておいでですよ」

 宥め役の翁も、口の端を歪めて皮肉な顔。
 自身に年頃の娘がいない為、一位の翁の味方となり彼の大姫を若君の嫁にと推挙しておりますが、仮に娘がいたならば壮絶な戦いとなっていたでしょう。

「総領は、最近はどうも使用人に肩入れしているようでございまするな」
「なんと」
「使用人?」

 一人が何気無く零した言葉に、他の全員の視線が集中しました。
 一位の翁が、呟いた者に問いただします。

「使用人とは、どういう事だ。娘か?」
「いえいえ、聞く所によると男――――――それも、顔を隠した珍妙な者であるそうですよ。物珍しさでしょう」
「ああ、件の風呂焚きか…………」

 納得がいった、しかし所詮興味本位のことであろう、と頷き合う翁達。   
 珍妙な姿の使用人がいる、とは話題になっています。

「まぁ、よい。…………仮に、あの小僧が子を成さぬ内に急逝しおったら…………どうなるのであろうなぁ?」

 最早翁は、強情な若君には見切りをつけていました。
 鳴かぬなら、殺してしまえ――――――です。

「それは勿論、御身の大姫とその婿殿が跡を取られるのが道理でございましょうに」

 ふふ、ふふ、とそこかしこで口許を袖で押さえての不気味な笑い声が、部屋に響きます。
 ぎらり、と目を光らせた一位の翁が、

「ついでに目障りなご老体にも――――――隠居して戴こうか」

 火宅にて、な――――――と続けます。

 
 不気味な企みはゆっくりと、しかし確実に、進行していたのでした。










 冬も間近な、ある寒い朝。
 外で働く者達の呼吸は白くなっています。

「鉢かづき、旦那様がお呼びですよ」
「はい、」

 そんな朝、廊下を掃いていた鉢かづきは――――――それは本来彼の仕事ではないのですが――――――旦那様に仕える上女中に呼ばれ顔を上げました。

「何の御用でしょうか」
「他家の若旦那様に幼君様がご誕生されたのです。若様がお出しにお祝いの文を代筆せよと」
「…………畏まりました」

 鉢かづきの書の腕は、若君を通して旦那様の耳にも届くようになりました。
 なのでこうして、書や文の代筆を命じられる事もあります。
 それ自体は苦痛でも何でもないのですが――――――

 …………こちらを見てヒソヒソと囁き交わす他の使用人に、一波乱ありそうだ、と思わず溜息をついたのでした。
 





「…………ふむ。変わらぬ見事な腕前だ。面倒掛けたな」
「いえ、有難う御座います」

 書き上げた文を旦那様にお見せしていた時でした。

「時に鉢かづき。ラビのことだが…………」
「…………はい、」
「何やらそなたに纏わり付いているようだが」
「…………、」

 ――――――ああ、と鉢かづきは小さく呟きました。
 最近の若君は、鉢かづきの使用人としての立場を慮って、余り仕事の途中に呼び出したり、人の目の明らかな所での親しげな振る舞いなどは、控えるようになりました。
 それが全て、鉢かづきに災いとって返ってくる事を知ったからです。
 夜、若君の部屋での仕事を終えてから眠るまでのほんの僅かな時間の会話――――――ですが、その短い時間は鉢かづきにとっても若君にとっても初めての、同い年の友人との気の置けない会話を楽しむ時――――――その程度でした。

 …………てっきりそれについて、使用人の身の程を弁えよとのお叱りだと思った鉢かづきは低頭し畳を見詰めます。
 けれど鉢かづきの予想に反して。

「そなたにとって迷惑であろうな。よく言い聞かせておこう」
「…………え、いえ、そんな事は」

 却って迷惑だろう、と問われ鉢かづきは驚きました。普通、逆だろう、と思わず胸の内で零します。

「…………そうか?」
「は、い、」
「…………ならば、親しくしてやってくれ。あれには、厳しく接してきた」
「…………」

 旦那様の思いがけない言葉に、顔を上げた鉢かづきはじっ、と…………それは無礼であるのですが…………旦那様を見詰めました。

「養い子である事を後ろ指を刺されぬようにと、誰よりもそれらしくあれと随分厳しく躾けた。…………遊び盛りの幼子であったあれに必要たったのは、良い教師ではなく同い年の友であったのだろうに、」
「…………、」

 …………若君が、同い年の友がいない、そう言っていた事をちら、と思い出します。

「歳の近い者であれの傍にいるのは、そなただけだ。――――――頼むぞ」
「…………はい」

 …………そう言われてしまうと何やら、くすぐったいような不思議な気分です。



 そして、
 仕事に戻ろう、と旦那様のお部屋から退室しようとした時――――――



『きゃああああああっ!!』
「「!!??」」

 女の、絹を裂くような悲鳴が上がりました。
 次いで、

『ぎゃあっ!』
『い、命ばかりはお助けをっ!!』

 男達の悲鳴も、上がります。

「何事だ!?」
「!!]

 その声に、鉢かづきと旦那様は慌ててその声のする方――――――門前へと、走りました。

<続>



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