鉢かづき 九
「な、」
「何事だ!」
…………辿り着いた其処は散々な有様でした。
藁や薪を積む為の荷車や普段使いの道具は叩き壊され、植えられていた草木はなぎ倒され、門番は倒れています。
そして怯えたように隅に集まる使用人達を睥睨しているのは一見して堅気の人間では無さそうな輩です。
「物盗りか!!」
旦那様が低く叫ぶと、数人の視線が旦那様に集中します。
「…………価値ある物ならくれてやる、そやつらを放せ」
…………頭らしい、体格の良い一人が凶暴な色を宿した眼で、旦那様を捉えました。
「此処の主人ってのは、てめぇか? ジジイ」
「そうだ、」
「はーん…………まぁこんなジジイと若造一人殺って金貰えんなら、楽だがな」
「「!?」」
その言葉に、鉢かづきは慌てて旦那様を庇う位置に飛び出します。
「…………誰の差し金だ、」
「依頼主の名ぁなんて、べらべら喋る奴がいると思うか? 大体聞いてもねぇよ。興味もねぇ」
「…………っ!」
小柄な旦那様を隠すように立ちはだかる鉢かづきを、賊は一瞥し。
「何だてめぇ…………邪魔だ!」
ブンッ
「っ!」
「ほう?」
突然振り回された斧から鉢かづきが辛くも身を逸らし、逃れます。
「避けられるとはな…………まぐれにしちゃやるじゃねぇか。だが、何時まで逃げられるかなぁ?」
ガッ!
縁側に振り下ろされた斧から飛び退って逃げます。
衝撃にバラバラに砕けた縁側の姿に、直撃などしたらたまったものではない、と鉢かづきは鉢の下で表情を強張らせました。
…………腰に下げたままの剣が、自己主張しています。
家から出てから、一度たりとも他人に向けた事はありません。
けれど。
今抜かなくて、何時抜くのでしょうか。
――――――ヒュンッ、
剣を抜き、正面に構えた鉢かづきに賊が若干表情を変えました。
「ほう、剣の使い手か…………」
視界体格腕力、全てにおいて圧倒的に不利です。
しかし、負ける訳にはいきません。
「――――――参る、」
低く呟いて、鉢かづきは自ら、攻撃へと転じたのでした。
ガッ!
――――――ヒュンッ!
見ている者達が驚く程、鉢かづきの剣の腕は鮮やかなものでした。旦那様や、賊の手下ですらその舞にも似た剣筋に目を奪われています。
誰一人として普段煤に塗れている風呂焚きが、こんな腕を持っているなどと知る訳が無かったのです。
体格において、まるで大人と子供程の差がある二人です。最初は互角でありましたが徐々に鉢かづきが劣勢となってきました。
体力に差があり、何より鉢かづきの視界は相当狭いのです。
視界外に回り込まれ、慌てて眼で姿を追いその攻撃を寸でのところで避ける――――――そんな事の繰り返しでした。
万事休すだ、と鉢かづきも腹の中で覚悟を決めました。
そんな、時でした。
「なっ、どうしたんさっ!?」
その声が聞こえたのは。
そして、
「そいつが若造だ! 誰か殺っちまえ!! 殺った奴には褒美だ!」
これまで対峙していた賊が手下に向かってそう叫びます。
「――――――!!」
それまで使用人達を見張っていた賊の手下共が、そこに凶器を持った賊に驚き呆気に取られ、凍りついたように動かない若君へと、手に得物を持って我先にと駆け出しました。
「な、」
「逃げろ!! ラビ!!」
鉢かづきもそれを追い、目の前の賊の相手を投げ出し若君へと駆け出しました。
けれど。
ザッ!!
「っ――――――!!」
白に咲いた、紅い花。それは、鉢かづきの眼には、そう映りました。
「殺ったか!?」
斬られた箇所を押さえながら、ゆっくりと若君の身体が傾いで行きます。
「ラビ――――――!!」
絶叫する鉢かづきには、
「てめぇの相手は――――――俺だろうが!」
ガッ!!!
後ろから、容赦の無い斧の一撃が浴びせられました。
「きゃああああっ!」
「ひぃぃ、」
その振り上げられた一撃に、誰もがその場で頭を割られ血塗れになり倒れる鉢かづきの姿を想像しました。
思わず、各々袖で顔を覆い、悲惨な死に様を眼に入れぬようにします。
けれど。
暫く呼吸を置いても、断末魔の悲鳴は上がりませんでした。
「、」
「?」
おずおずと、袖を下げてその先を見――――――そして誰しもが息を呑んだのでした。
<続>