「ん…………?」
僕らがいつも通り冒険に勤しんでいたある日。
僕らはとうに宿に帰ってきて、それぞれに休んでいるような夜も更けた頃だ。
自主鍛錬帰りの僕は、宿の入り口から出て行く人影に目を見張った。
頭上高く髪を結い上げたブシドー。神田だ。
その腰に巻きつけられている携帯用のアイテム袋に僕は内心首を捻る。
遅い夕食――――――ではないだろう。いくら神田がトラブルを起こしやすいとはいえあんなにフル装備して食事に行く必要は無い。
なら、神田はこれから世界樹の中に行く、という事だ。
一般に魔物は夜に活発に行動する。故に冒険者は夜には余り行動しない。
「…………、」
僕はちら、と腰に付けられたままのアイテム袋を思い返す。僕は単純に外し忘れてただけ、だけど。
僕は、…………こっそりと着いていく事にした。
「…………? あれ…………?」
予想に反して神田の行き先は一階だった。此処の踏破は初歩中の初歩、僕らでも最近は全く労せず攻略できる階層だ。神田のようなハイレベルの冒険者が今更行くような場所じゃない。
神田に見つからないよう草むらを移動していると、不意に神田の姿が樹の陰に隠れて見えなくなった。
「あっ…………」
見失っては意味が無いと慌てて腰を上げた僕は、
「…………え?」
不意に腰に引っかかった物に、小さく目を見張った。
…………髪飾りだ。白い大きな花を象った、女性用の髪飾り。蓄光して発光する素材なのか、ぼんやり白く光っている。
持ち主の手を離れて長いんだろう、花びらの部分には傷や黒ずんだ汚れが見える。
何だか雨に打たれたような風情のそれを、何の気無く手にした。
――――――仮に持ち主が見つかったとして、今更こんな風になってしまった髪飾りを必要とするかは分からなかったけれど。
髪飾りを手にしたまま、僕は見失ってしまった神田を探すべく草むらから腰を上げた。
僕の心配は余所に神田はすぐに見つかった。
一際広がった広間のような場所にいたのだ。
…………あんまり隠れられるような場所がないので僕は少し離れたこの場からそっと神田を見守る。
…………? 神田は何か探しているらしい。
辺りを見回したり、草むらの方を見たりしている。
隅から隅まで探した彼女は、溜息をついているようで広間の真ん中で上を仰いでいた。
…………、何を、探しているんだろう?
少しだけ気になって一歩小さく踏み出した瞬間だ。
気をつけていたはずなのに、枯れ木を踏みつけてしまった。
パキッ、
「!?」
や、やばっ!?
「誰だっ!!」
ばっ、と振り向いた神田は鋭い誰何の声を掛けてきた。
…………無理だ、誤魔化せない。隠れてたってどうせ神田は確認しに来る。
こんなところで何をしていたかなんて言われなくても察せられるだろう、気まずさを感じながら僕は立ち上がって神田の方に近寄った。
「…………テメェ、」
僕の姿を確認したのだろう、神田の声が不機嫌に低くなる。
けれど、覚悟していた怒鳴り声は来なかった。
「――――――っ、」
彼女は、言葉を失った様子で僕を凝視していた。いや、正しくは――――――僕の手の中のものを、先程拾った花の髪飾りを、見詰めていた。
「何で、テメェがそれを…………」
「…………? これ、神田のなんですか?」
喘ぐような掠れた声で呟く神田は、僕の事など見てなかった。
しかしそれはともかく、神田にこの髪飾り。…………似合うだろうけれど、この大振りな髪飾りを彼女が付けていたのかと思うと多少違和感がある。
彼女は、これを探していた?
「…………返せ、」
「返せって、これ神田のなんですか? 質問に答えて下さい」
「…………違う」
「なら返せ、ってのは変ですよ。君のじゃないなら」
「…………っ」
神田が狼狽しているのが気配で分かる。
「…………俺の、師姉のものだ」
渋々、といった様子で答えた神田の答えに僕は首を捻った。
「師、姉?」
…………なんだろう、それ。
「…………俺の死んだ、仲間の物だ」
「――――――!」
重ねられた言葉に、今度は僕が言葉を失う番だった。
死んだ仲間。ヤマトのブシドー達。神田一人を残して逝ってしまった、誇り高い――――――
「…………」
…………僕は中央に佇んだままの神田に近寄った。直ぐ近くまで寄ってから、彼女の手の上にそっと髪飾りを返す。
「此処、だったんですか?」
「…………」
俯いた神田の様子から、そうなのだろうと知れる。
ヤマトが、神田達が上層の魔物から他の冒険者を守る為に戦った場所。
そして此処できっと――――――
神田以外の人は命を失い、神田は命以外の物全てを失ったんだろう。
…………神田は探してたんだ、仲間の遺品を。
彼女は無言で俯きながら掌の上の髪飾りを見詰めている。
僕は何も言葉を重ねず、神田を抱き締めた。
…………抵抗が無かった事を同意の証と都合よく解釈し、僕は神田の唇に自分の同じ物を重ね合わせた。
ドンッ!
「っ!」
思ったよりも強い、的確に鳩尾を狙ってきた正拳突きにある程度覚悟していたとはいえその衝撃に眉根を寄せた。
油断しているときに受けてたら、間違いなく行動不能になるレベルだ。
「てめぇっ!! 何しやがる!!」
衝撃に緩んだ僕の腕の中から逃げ出した神田は、僕が触れた――――――勿論唇で――――――自分の唇を、乱暴に手の甲で拭っていた。
「何度も気色悪ぃ真似しやがって…………!!」
「…………」
「どういうつもりだ、返答次第じゃ叩っ切る!」
抜き身の彼女の武器の切っ先が僕の鼻先に突きつけられた。だけど、これまでだったら怖いと思った筈のそれ(何て言ったって僕と神田の実力差は明らかで、神田が手加減してくれなければ僕は簡単に殺されるからだ)に、今は恐れ一つ沸いてこない。
「どういうつもりだ、と訊かれましても。――――――神田は人にキスする理由が、そんなにあるんですか?」
「あぁ!?」
「僕は、そうですね――――――親友への友情、」
さくっ
枯葉を踏んで一歩踏み出す。それに応じて神田が一歩下がった。
…………武器を突きつけているのは神田なんだから、彼女は動かなくたっていい筈なのに、だ。
「家族への親愛」
さくっ
また一歩、踏み出す。
一歩、二歩と重ねる度に彼女も同じだけ下がって行く。
――――――実力で勝る彼女相手に、完全に主導権を握れたことを理解して僕は小さく笑った。
「恋する人への情愛、――――――こんな所でしょうか」
「――――――、てめぇ、何、」
「さぁ、神田は――――――自分が僕にとってどれに当て嵌ると思います?」
ドンッ
彼女の背が、木に当った。もう下がれる場所は無い。
僅かに焦りを浮かべた彼女の、左手を取った。
「、」
そしてその場に跪いて、――――――その手の甲に、キスを一つ。
「神田、拾得物には拾得者に三割のお礼ですよ。――――――僕とお付き合いして貰えませんか?」