「神田神田神田、かんだー」
「…………。」
周囲の唖然とした視線が腹立たしい。睨みつけてやると奴らはそそくさと視線を逸らす。
…………原因は知れている。今俺の後ろを鳥の雛か何かのように(いや鳥の雛なんて可愛げの在るもんじゃなくて、金魚のフンか)付き纏ってくるクソガキ。
「ねえ、聞いてます? 神田」
「五月蝿ぇ黙れ俺の視界から今すぐ消え失せろ」
どんなに無視しようが刀で脅そうが、奴は全く怯む気配も見せずに笑っている。その笑いが癪に障る。
…………クソ忌々しいガキだ。
舌打ちの回数ばかりが、増える。
「やぁ、神田君」
「…………」
「久しぶりだね、隣いいかな?」
夜。
酒場のカウンターでメシを食っていた所に聞きなれた声を掛けられた。
「…………別に」
構わない、と身体を少しずらすと相手は笑いながら隣に掛ける。
「どうかな、探索は順調かな?」
「…………まぁまぁ。あんたこそどうなんだ、ベオウルフ」
「それなりだね、しかし二十階が中々厚くてね、踏破できない」
「…………」
カラン、とベオウルフの奴のグラスが鳴った。度数の強い筈のアルコールだが、しかし何とも無さそうな顔で奴は続ける。
「それはそうと、聞いたよ。…………何でも可愛らしい仔犬に随分懐かれている、と」
「…………。…………。あいつが仔犬なんてタマかよ…………」
余りにも微笑ましそうに言いやがるもんだから、怒る気すら失せる。
むしろそこまで周知されている事に心底うんざりだ。
誰が、―――――――誰が、あんなガキを…………
「あんな、あんな足引っ張る新人…………」
「しかし、強くなった」
「…………」
それには言い返せずに俺は言葉を失う。
…………奴等の踏破のペースは、かなり速い。
既に十一階に辿り着いたと聞いている。勿論風の噂で、だ(だれがあんなクソガキの話なんか聞いてやるか!)。
此方は一人、あっちは三人。単純に計算しても三倍のペース、決定打に掛ける攻撃役がいないとは言え実際にはメディックを連れてるから長く戦える分、もっと早い筈だ。一方俺達のような単独で潜る輩は、動けなくなった時が死ぬ時だから大体余裕を持って動く。故に、踏破までの時間が掛かる。―――――――俺は今十七階。追いつかれるのも、時間の問題かもしれない。
「誘われているんだろう? アレン君達に」
「…………」
「応えればいいじゃないか、踏破までの時間が一気短くなるだろう。君も、彼等も」
「…………俺はそもそも、最上階なんぞに興味は無い。あいつ等の目的は最上階踏破と報奨金だ。目的が相容れない」
…………俺は、
あの、化け物を…………
師らを蹂躙した、あいつを…………
黒い禍々しいその姿を思い出すと、不穏な感情にぞくりと背中が震える。
「…………神田君、」
腕に軽く触れられて、はっ、とした。
「…………憎むなとは言わない。私も仲間を奪った奴等は永遠に赦せないだろう。…………彼等のテリトリーに踏み込んだ、私達が悪かったとは理解しているし、冒険者たるもの生と死は隣りあわせで紙一重と、知っているけれどそれでも赦せはしない。…………けれどね、憎しみは目を曇らせる。気をつけたまえ」
「…………」
忠告に、視線をカウンターの上に戻した。
分かっている。知っている。
けれど、それが―――――――出来ない。
小さく溜息をついた瞬間だ。
「あーお腹空いた!」
「俺も俺も!」
「何にしようかしら、私注文してくるわ」
…………。
喧しいのがきやがった…………。
思わず溜息一つ零して、カウンターの上に金を置く。
「もう行くのかい」
「目障りなのが来やがったからな」
…………見つかって纏わりつかれるのは迷惑だ。
さっさと店の中を突っ切って、出ようとしたとき。
背後から、粘着質な視線を感じた。
よくある事だ。
仕掛けてくるのは、何時だ。
触れている剣の柄を意識しながら、店の戸を潜った。
「…………あ、」
入った瞬間に気付いていた。
神田と――――――肩を合わせる様にして隣に居たフロースガルさん。
顔を寄せて会話していた二人。――――――フロースガルさんが神田の腕に触れた。
胸がざわざわする。
敢えて神田が気付くように、大きな声を張り上げた。
「あーお腹空いた!」
神田の背がピクン、と揺れて、フロースガルさんと何か言い交わして直ぐに立ち上がった。
そのまま酒場を出て行く。
「…………、」
その後姿を見送ってから、僕はフロースガルさんを見た。
…………僕は、あの二人がどういう関係か知らない。
…………余りにも見詰めすぎた為か、フロースガルさんが振り向いた。
まるでおいでおいで、とでも言うかのように僕を手招きする。
「…………。」
僕はラビの下を離れて、カウンターのフロースガルさんの元に近付いた。
「やぁこんばんは」
「こんばんは、…………フロースガルさん」
「どうかな調子は。…………ああ、良かったら掛けてくれ」
フロースガルさんはそう言って、先程まで神田がいた席を僕に勧めてくれた。
「…………失礼します」
「さて…………。呼んで置いて訊くのも変かもしれないが、私に何か用かな?」
「――――――…………」
バレてた。
若干の居心地悪さとバツの悪さを感じながら、だけど――――――この機会に、と聞くことにした。
「あの。――――――フロースガルさんと神田は、どういった関係なんですか?」
「うん?」
「――――――その。二人は、お付き合いしてたり――――――するんですか?」
意を決して訊いた(肯定されたら洒落にならない、フロースガルさんはとんでもなく手ごわい恋敵だろう)。そしたら。
「ぷっ…………、あははははははっ!!!」
…………笑われた。
その笑い声に、酒場の視線が一斉にフロースガルさんと僕に集中するが、…………何処の笑いのツボに入ったのか収まる気配が無い。
「ちょっ、酷いですよっ!」
「ああごめんごめん、そういう意味じゃないんだ。…………ああ、成程ね…………そういう事かい」
思わず口を尖らせて抗議すると、笑い過ぎて涙目になった彼が眦を指先で拭いながら言う。
「私と神田君はそんな関係では無いよ。それこそそんな事を言ったら怒るだろうね」
「…………そうなんですか」
「『ヤマト』のリーダーとね、昔…………縁が合った」
笑い声を収めたフロースガルさんが懐かしそうに遠くを見る目で呟く。
「私もまだ若くてね。――――――私も昔、仲間を失ったんだ。今の神田君のように」
「――――――…………」
「そこを、ヤマトのリーダーに救われた。――――――偉大な人だったんだ」
「へぇ…………」
カラン。
フロースガルさんの手の中のグラスが、音を立てた。
「彼の本業は冒険者ではなくて武術の師範でね。本国とこの国を行き来しながら、何人かの弟子を育てていた。神田君はその一人だ。…………初めて見かけたのは神田君がまだ君よりも歳若い頃だね」
「…………」
「顔見知りで若い頃も知っている――――――だから放っておけない、これで説明つくかな?」
「あっ…………はい、すいません、妙な想像して」
「いいや、…………」
其処でフロースガルさんは声を潜めて、僕の耳元で囁いた。
「安心したまえ、――――――君の想い人を掠め取ったりしないよ」
「…………。」
バレてた。
「フロースガルさんは、どう思います?」
「うん?」
「中々神田に振り向いて貰えません。…………アプローチの仕方がまずいんでしょうか」
「…………うーん、そういうのは余り…………」
「モテますよね? フロースガルさん。良くこの辺で女の人と二人きりになってるじゃないですか」
今度はフロースガルさんが固まった。
不意打ちはせめてものさっきの仕返しだ。
「…………君の所のラビ君も、かなり人気があるようだけれど?」
「ラビは浅く広くが基本なんで駄目です。参考になりません」
「…………意外に手厳しいね」
だって事実だ。
ラビは女友達は多いけれど特定の恋人が出来ないタイプ。
別に僕は神田とお友達になりたい訳じゃ――――――いやお友達から初めて恋人まで行き着けるならいいんだけど――――――ないんだから参考にはならない。
「…………そうだね、…………まぁ、押して押して、押し続けるのが肝要じゃないかな」
「それって今のままでいいって事ですか?」
「うーん…………神田君はシャイだから、余り人目の多い所でアタックするのはどうかな。応えたくても応えられないような状態になってしまうかもしれないね」
「…………成程。流石ですねフロースガルさん! 泣かせた女性は何人ですか?」
「…………。いやいやそんな事は無いよ、何時だって袖にされてばっかりだ」
「相手から振らせるのって高等技術ですよね。うちの師匠も得意ですけど」
「…………」
「…………」
「…………」
僕らの間に微妙な間が落ちた。
「えーと、とりあえず…………さっき出てったみたいだから追ってみてはどうかな」
「はい、そうします。…………ありがとうございました、参考になりました!」
ビッ、と敬礼するとフロースガルさんが苦笑いする。
背を向けて店の出入り口に向かい(席にいるラビには両手を軽く合わせて意思表示した。頷いてるから…………まぁ察してくれてるんだろう)暗い外を仰いで――――――僕は広場の方へ駆け出した。
「…………やれやれ、神田君も…………手強い相手に惚れられてしまったようだ…………」