「おい、待てよ」
「…………」

 広場。
 暗い時刻、辺りに人影は無い。

 宿への帰り道の其処で、俺は取り囲まれた。…………いや充分予想はしてたが。
 見回すと結構な人数だ。…………十人そこそこだ。手に武器を構えて、ニヤニヤ笑っていやがった。
 その笑いに本能的な嫌悪感を覚え、けれどそういえばどんなに笑っていてもあのモヤシの笑顔にはこうは思わなかった――――――とそんな事を何故か考えた。
 一人が輪の中から一歩踏み出してきて――――――だが間合いに入ってこない辺りに臆病さを感じ取り、思わず鼻で笑った。
 そいつは前髪をかき上げ、額を曝す。
 …………何がしたい?

「てめぇにやられたこの傷…………忘れたとは言わせねぇぞ」
「…………?」

 …………。
 ……………………。

 んなもん一々覚えてる訳ねーだろ。

「今日は頭数揃えたんだ、前みてぇには行かねぇぞ」
「頭数揃えようがなんだろうが、雑魚は何匹いても雑魚だろ」
「…………その口、いつまでも叩いてられるかなぁ?」
「…………」

 面倒くせぇ…………。

 だが、放置したところで相手に諦めるような気配はない。
 ならば、


 チャッ…………


 刀を正眼に構え、俺は――――――奴等を睨み据えた。 

 
  


 何てことは無かった。
 所詮は雑魚の寄せ集めだ。
 世界樹の踏破を目的としているのではなく、一階で魔物を狩って日銭を稼ぐ、冒険者というよりはゴロツキ、と呼んだほうが相応しいような奴等だ。
 だが数だけは多く、死角から襲ってくる為――――――気配は分かるが多すぎて対応しきれなくもあった――――――軽く一筋、腕に赤い線が走る。
 ほんの僅かな痛みを伴う其れを、けれど無視して――――――

「…………ったく、うぜぇっ!」

 二人纏めて刀の背で薙ぎ払った所。



 ぐらり、と世界が揺れた。



「…………!?」

 その眩暈に思わず膝を突いた。
 …………体に力が、入らない?

「へへっ…………魔物から取った麻痺の胞子から作った痺れ薬だ。効くだろ?」
「――――――!」

 さっきの傷か…………!

「おめーみてぇな奴をいい子にさせんのに役に立つんだよ。おい、こいつを運べ!!」

 一人のその言葉に、物陰からぞろぞろと更に野郎共が出てきた。
 …………そして俺は、路地へと引きずり込まれるようにして、連れ込まれた。
 
 



「おい、ところでどうすんだよこいつ。ヤマトの神田だろ?」
「あぁ? 言わなかったか?」
「聞いてねぇよ、おめぇが手伝えって言ったきりじゃねぇか」

 人を路地奥に放り込んで、奴らは退路を塞ぐ様にして俺の目の前に立ち塞がる。

「…………ちっとばかし遊ばせて貰うにゃぴったりじゃねぇか、こいつ」
「遊ぶって…………ああ、そういう事かよ。お前も好きだなぁおい」

 一人が、転がったままの俺に手を伸ばした。
 前髪を掴まれて強引に仰がされる。

「顔だけは一級品だぜ。隣の色街にだってこんな奴ぁいねぇ」

 ――――――!

 奴等の目的を、ようやく察して俺は一人嫌悪と驚愕を覚えた。
 自分が「そういう対象」になる日が来るなんて、思いも寄らなかった。

「…………触るなっ、下種が!」

 力の入らない腕で叩きつけるようにしながら一人を殴る。
 …………だが威力は皆無に等しく、

「てめっ…………薬効いてんじゃねぇのかよっ!」


 ガッ!


「っ、」

 斧の柄で頭を殴られて、さっきの痺れ薬の為ではない眩暈が襲ってきた。

「おい、手足押さえつけとけっ! こいつ暴れるぞ!!」
「放せっ!」
「とっとと剥いちまえよ!」
「…………っ!」

 死ぬ訳じゃない。
 こんな事、何でもない。
 平気だ、――――――この程度。

「何だよつまんねーな、泣き喚いてみろよ」

 だが、皮膚を這いずる濡れた感触がおぞましい。
 何だ、この気持ちの悪さは。

「俺が最初だぞ!」
「じゃあ次はどうすんだよ」

 平気だ、

 気持ち悪い

 平気だ、

 気持ち悪い――――――!

「逃げられねぇように足押さえとけ」 
「へいへい」

「ぐぁっ!」

 …………知らない男の濡れた舌の感触のおぞましさと掛けられる下卑た野次に堅く目を閉じて、せめてもの無言を通す事での反抗の途中。

 奴等の、人垣の後ろの方で声が上がった。

「な、んだこのガキ!?」
「こいつ冒険者だ、おいっ! うわっ!」
「お、おいやばそうだぜ、ずらかるか?」


「――――――逃がしませんよ」


 低い、地を這うように低い声が、聞こえた。 
 その声に、聞き覚えがあって――――――目を見開く。

 そこにいたのは、

 鋭い目でこちらを睨みつける、あの子供の姿だった。











「…………あれ?」

 …………神田を追って出てきたのに宿に着いてしまった。
 
「おかしいな…………」

 フロースガルさんと話し込んだとはいえ、そんなに時間差は無かったのに…………
 もしかして、どこかに寄ってるのかな…………?

「…………。」

 僕はがっくりと肩を落としながら、とぼとぼ元来た酒場からの道を戻る。
 いないのなら仕方が無い。ご飯だってもう出来ているだろう。
 …………そして広場を通った時――――――来るときには気付かなかったものを見つけた。

「あれ…………?」

 一振りの剣が落ちていた。
 
「これ、」

 持ってみて気付いた。
 剣の身も柄も黒い、これは…………

「…………神田…………?」

 彼の愛剣だ。
 …………彼の剣が、何でこんな所に?

「…………、」

 嫌な予感に胸がざわついた。
 






 神田を探して辺りを探し回っているうちに、細い路地にいる複数の人間の気配に気付いた。
 念の為、とそこを覗き込むとそこにいた男の人に睨まれる。

「…………何だぁ? ガキはとっとと帰んな!」

 …………ガキって言われた…………。
 でも、この人達、こんなところで一体何を…………。

「逃げられねぇように足押さえとけ」 
「!」

 その言葉に、奥で行われているのが碌でもない事だと言うのは察した。
 男の人の隙間から覗き見た路地の奥――――――




 そこで押さえつけられていた人を認識した瞬間、

 頭の中が沸騰して、

 次の瞬間、一気に冷えた。 


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