そこにいた奴らを粗方倒して――――――残念なことに取り逃したのもいたけど――――――、僕は、胸元を隠すようにしながら片手で自分の肩を抱いて、路地の奥で座り込んでいた神田の元へと駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」
「っ、」

 
 パンッ


 手を伸ばした瞬間、僕の手は神田に叩き落とされた。

「っ、」
「触るなっ!」

 激しい拒絶に一瞬驚いて凍り付いた。だけど、彼女の続いた言葉に理解する。
 露わされた彼女の肌には傷がいくつもついている。
 噛み締めて血が滲んだ唇。
 気位の高い彼女が、あんな目に遭わされてた。…………屈辱と恐怖は計り知れない。
 しかも僕は彼女の中で味方にカテゴライズされてるかどうかも怪しいのだ。

「…………見てませんから、」

 嘘だけど。
 
 僕は神田に背を向けて上着を脱いだ。なるべく彼女を見ないようにしながら、それを差し出す。

「これ着て下さい、そのままじゃ往来に出れないでしょう?」
「…………、」

 神田の躊躇う気配がした。けれど結局、神田はそれを大人しく受け取って羽織った。
 目にも毒な柔肌が隠されて、僕もほっとする。…………残念だなんて思ってない。
 
「大丈夫、ですか?」
「…………」
「立てます? 宿まで送りますよ、送り狼になんてなりませんから」
「…………」

 神田は羽織った僕の上着の上から肩を押さえながら、動かない。

「…………神田?」
「…………立てない」
「え?」
「薬盛りやがった…………。ほっときゃ治る、もうてめぇは行け」
「く、すり…………?」

 僕を追い払おうとしたんだろう神田の言葉に、だけど僕は愕然とした。
 
 薬? 何の? それは君に害があるものじゃないの?
 
 そう考えたら止まらなかった。


 バッ!


「!?」
「走ります、掴まってて下さい!」

 僕は神田を横抱きにして駆け出した。
 胸を押してくる腕も、抗議の罵声も、今は何も耳に入らなかった。





「大丈夫、簡単に解毒できるものだったから。お疲れさまだったね、アレン君」

 …………公国薬泉院。神田への処置を終えたコムイさんが、処置室から出てきた。
 
「痺れ薬の類だ、特定の魔物にやられた冒険者の症状と同じだったよ。魔物から採取したんだろうね」
「…………あいつら、」

 腕では適わないからと、あんなに大勢で、薬まで使って…………
 下卑た、欲望を丸出しにした表情を思い出すだけで胸に荒れた感情が甦ってくる。
   
 あんな奴らが、神田に、
 …………許せない。

「本当なら犯人の特徴を聞いて、捜索隊を出すんだけどね…………」
「…………」

 だけどきっと神田はそれを望まない。「被害者」として扱われるなんて彼女のプライドが傷つけられる事この上無いだろう。

「…………神田は?」
「寝てるよ。…………ああそうそう、上着だけどもう少し待っててくれ」
「?」
「…………見るかい?」

 コムイさんはそう言いながら処置室のドアを開いた。開いて、僕を招き入れる。

「? …………!」

 その部屋の真ん中。ベッドの上の神田は、僕の上着を羽織ったまま…………袖口を強く掴んで眠っていた。

「安心するのかな?」

 コムイさんが笑みを浮かべながら呟く。
 …………僕は、心臓の鼓動の音が跳ね上がったのを感じていた。
 
「さて、…………僕は他の患者さんの様子を見てこなきゃいけないんだ。神田君を宜しくね」
「え? え、ええ、でも…………いいんですか?」
「大丈夫でしょ。というか…………信用してるからね? アレン君」

 手ぇ出したら、どうなるか分かってるよね…………?

 コムイさんの言葉にしなかった部分が聞こえた。気がした。

「…………はい、」
「よし、いいお返事だね。じゃあ僕は行って来るから、仲良くねー」

 ブンブン手を振って、一方的に言い置いて。コムイさんは出て行った。
 ベッドの上で眠る神田の傍に、小さな椅子を引き摺りながら近付く。


 …………知ってたけど、やっぱり…………綺麗だ。
 いつもはその力強い瞳にどうしても目が行ってしまう。けれどこうして目が閉じられていれば…………
 滑らかな頬に今は血の気が無いのが気にならない訳じゃないけど、思わずその寝顔に見惚れてしまう。
 長い睫が時折、ふる、と震える。
 その度に神田の覚醒を期待するんだけど、中々彼女は起きる様子が無い。
 
 …………眠りで傷が癒せるのならば、いくらでも。

 君が感じた恐怖も怒りも、全て眠りが癒してくれるなら。いつまででも僕はこうして君の傍で、君を護っているから。
 だからゆっくり休んで…………神田。





 




「ん…………、」

 ふわり、と感じたのは甘くない、異国の香り。
 …………安心する。
 その香りのする物を手繰り寄せて顔を埋める。
 不思議なほどに心安らぐ香り。
 再び誘ってくる眠りに、静かに身を委ねようとすると――――――

「くっ…………!」
「!!」

 
 バッ!!


 自分以外の人間の声に、一気に現実に引き戻された。
 反射的に腰に手を伸ばしても、剣の感触には辿り着かない。
 飛び退って、壁を背にする。

「っ…………、」
「やばい、ツボった…………」

 俺の寝ていたベッド脇で腹を抱えるようにして丸まっていた白い頭――――――

「テメェこのクソモヤシッ! 何処から入り込んで来やがった!?」
「入り込んだって…………コムイさんが入れてくれたんですよ?」

 あの野郎っ…………!

「ご心配なく、眠り姫に不埒な真似なんてしませんから。…………一応僕、上着の回収に来たんですが」
「上着?」

 何のことだ、と考え込んで――――――はっ、と気がついた。
 今俺が羽織っている、

 だとすると、さっきの香りは、目の前のこのガキの…………

「…………っ!」

 余りの事に、顔が熱くなった!
 慌てて脱ぎ捨てて、奴の顔めがけて投げつける。

「それ持ってとっとと出てけっ!!」
「はいはい、失礼しますよ。…………神田」
「何だっ」
「お大事に。…………心配したんですからね」


 ガチャ、


 パタン。


「…………」

 幕切れは、なんとも呆気なかった。これまで付き纏ってきた時のしつこさが嘘のように。
 思わず呆然と閉じられたドアを見る。
 じわじわと沸きあがってくるのは――――――罪悪感だ。

 礼一つも言う前に、

 …………追い出したのは自分だが。


「くそっ…………」

 何でだ、何でこんなに…………
 苛々するんだ。




 俺の疑問に、答えてくれる奴も、応えられるような奴も、そして誰も、此処には居なかった。


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