そこにいた奴らを粗方倒して――――――残念なことに取り逃したのもいたけど――――――、僕は、胸元を隠すようにしながら片手で自分の肩を抱いて、路地の奥で座り込んでいた神田の元へと駆け寄った。

「大丈夫ですか!?」
「っ、」

 
 パンッ


 手を伸ばした瞬間、僕の手は神田に叩き落とされた。

「っ、」
「てめぇ、余計な真似しやがって!」

 ギン、と睨みつけられた。

「余計って、」
「てめぇの手なんか借りねぇっ!!」
「…………」

 怒りをぶつける先を奪われて、代わりとばかりに僕に怒る神田はまるで手負いの獣だ。
 
「…………へたり込んだままでそんな事言われても、信じられませんが。…………僕に助けられるより、あのまま男に犯される方が良かったんですか? 変わったご趣味ですね。お邪魔してすいませんでした」

 今、気が立っているだけ。
 冷静であれば神田だって僕に怒鳴るような事は無かっただろう。
 分かっていたけれど、思わずそんな皮肉めいた事を言った。
 言ってしまった。


「――――――…………っ!」


 案の定。
 言葉を失った神田は、唇を血が滲むほど噛み締めて俯いた。

「…………ごめんなさい、意地悪を言うつもりは無かったんですが、」  

 …………彼のプライドを、傷つけた自覚はあった。

「…………。てめぇみたいに、」
「…………?」

 ぼそ、と呟かれたのは低く吐き捨てるような響き。

「顔に傷でも付けときゃ、あんな手合いも来ねぇだろうな」
「!!」

 神田がいつの間にか手にしてたのは、さっきの奴等が持っていたナイフ。

「ちょっ…………!」

 頬までその切っ先を伸ばしたその意図に、慌ててそれを奪い取ろうとした。けれど神田が抗う所為で中々奪い取れない!

「止めて下さいっ、何考えてるんですか!」
「どいつもこいつも、お前もあいつらもっ! 人を女みたいに扱いやがって…………!」
「…………!」

 その時程、僕は自分の吐いた言葉を後悔させられた事は無い。

『…………へたり込んだままでそんな事言われても、信じられませんが。…………僕に助けられるより、あのまま男に犯される方が良かったんですか? 変わったご趣味ですね。お邪魔してすいませんでした』

 神田が嫌ったのは、怒ったのは。
 それが「僕」だったからだ。人前で躊躇わず恋を口にした、僕だから。
 
 女性の代わりにされた、そう思ってたんだ。神田は。 

 例えば助けに入ったのが、全くの無関係な人間であるとか、あるいは――――――フロースガルさんであったなら。
 神田はきっと、此処までその手を拒まなかった。

「違います、」

 どうしよう。
 どうしよう。
 どうし、よう。

 そんなつもりは無かったのに、

 何でこんな、

「違うんです、」
「何が違うんだよ、やり方が違うだけで結局同じじゃねぇか、お前もあいつらも!」

 怒鳴る神田に、縋りつきたい衝動が身体を支配する。
 それこそ死に物狂いのように暴れまわる身体を腕の中に収めた。

「違うんです…………!」

 お願い。
 お願いだから、聞いて。

「僕は、君が、」

 本気なんだ。
 これまで出会った誰よりも、

「君が好きなんです!!」
「…………ふざけんな、」

 怒りが籠められた言葉に、切りつけられてるみたいだ。
 それが先程のような激しさを伴っていなかったからこそ、尚更。

「…………世の中、女なんざ山程いるだろ。何でわざわざ俺なんだ」
「神田、」
「隣国には歩いていける。行って見ろ。金で買える夢がその辺に転がってる」
「…………神田、」

 違うんだ。
 僕が望んだのは、そんなのじゃない。

「違います、僕は君を女性の変わりにしたいんじゃない」
「…………」
「僕が欲しいのは、君の身体じゃなくて、」
「…………」
「僕は、君の心が欲しい」
「…………。」

 神田の抵抗が、止んだ。


 真っ直ぐで眩しい、孤高の魂を持つ君の傍にいたかった。
 恋情よりも情欲よりも、勝っていたのは憧憬。


「…………あ、でもその。身体が欲しくないって言ったら嘘になるんですが、」
「今の一言で色々台無しだぞお前」 
 
 …………あうっ!

 何でこうも今日は失言が多いんだ僕!
 口は上手い筈なのに!

「下手糞な口説き文句だな。それで女落とせたことあるのか?」
「なっ…………」

 ひ、酷い…………。
 思わず神田を放してがっくりと地面に腕をついた。
  
「だが、」

 僕が解放した神田は、壁に背を預けて目を閉じた。 

「?」
「お前の、本気か冗談か知れねぇ飾り立てたこれまでの台詞よりは、大分マシだ」
「――――――!」

 今度は僕が言葉を失う番だった。
 どうしよう。
 さっきとは違う理由でさっきと同じ言葉が頭の中をぐるぐる回る。

 凄く、ドキドキする。

「それって、」

 いいって事…………?」

「ふざけんな。」

 思わず口に出そうとした僕の眼前には、神田の靴底があった。
 全力で其処にキスする羽目になる。

 …………蹴られた。

「うわっ!」
「誰がいいっつったよ。都合良く曲解すんじゃねぇ」

 …………ですよねー。

「大体衆道になんか興味ねぇよ。女の格好してきてもう一度言って見ろ。三秒だけ考えてやる」
「え?! それでいいんですか!?」
「三秒後に断るがな」
「ちょ…………」

 駄目じゃん! 全然其れ駄目です神田!!
 がっくり項垂れた僕に、上から声が降って来た。

「…………俺から一本取れたら考えてやる」
「!!」

 
 ガバッ!


 ゴンッ!


「いだっ!」  
「…………何やってんだお前、」

 勢い良く顔を上げた所為で、後ろの壁に後頭部を強打した僕を神田がまるで珍獣でも見るかのような目で見てきた。 

「ほ、ほんとですか…………?」
「弱い奴になんざ興味ねぇ。但し、」
「分かってます、君の具合が良いときですよね」

 先回りすると、神田が少しだけ――――――笑った。

「何だ、分かってんじゃねぇか」

 その笑顔にか、内容にか、分からないけれど。

 僕の心臓の音は、まるで壊れそうなくらい、五月蝿かった。


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