「…………おい」
「はい?」
「何でお前等が堂々とついてきやがる!?」

 十五階。
 階段を上ったところで神田が振り向いて怒鳴ってきた。

「何でって」
「一緒に行きましょう? 目的は同じなんだから」

 神田を宥めるために僕らは言葉を探す。

「ふざけんなっ!」
「…………何言ったって無駄さぁ」

 …………ラビがのんびりした調子で遮った。

「あぁ?」
「だってさぁ、さっき神田…………俺「達」つったじゃん」
「…………、――――――!!」
「あ、」
「そういえばそうだったわね」

 うっかり聞き逃してたけど。
  
「なっ…………」

 神田が言葉を失う。

「んな事言ってねぇ!!」
「言ったさー、俺の記憶力舐めないで欲しいさ!! 一年前の夕食のメニューだって覚えてる位だし!」

 …………それは…………
 凄いんだけど凄くないです、ラビ…………。

 僕はそんな事を思って隣のリナリーを見た。…………ら、やっぱり彼女も同じ考えだったみたいで思わず苦笑いしてしまった。
 けど神田はそうでもないみたいで、ちょっと驚きと賞賛の入り混じったような微妙な顔をしていた。
 彼の考えることはよく分からない。

「…………ああ、そういえば」

 思いだして、ぽん、と手を打った。

「約束でしたよね。――――――君から一本取れたらって。今から此処でやりませんか」
「あ?」

 神田が眉根を跳ね上げた。
 
「へ? 何、そんな約束だったんさ?」
「ええ。…………ですよね? 神田」
「…………チッ」

 彼に確認すると返って来たのは舌打ち一つだ。だけど、其の目はけして否定していない。
  
「ラビ、リナリー。下がってて貰えますか?」
「えっ、タイマン!?」
「アレン君、それは…………」
「大丈夫です。…………策はあるんですよ」

 言葉の最後だけ小さくしてラビとリナリーに向けて、僕は神田に向き直った。
 渋い顔の彼は、それでも腰に刺した剣に手を伸ばしている。
 ラビとリナリーは一回顔を見合わせてから、元来た階段の方へと後退りしていく。

「魔物が乱入してこないように見てて下さい」

 背後に向かってそう声を掛けて、それから素早く辺りを確認する。
 木々はどれも雪を枝に乗せている。其の中でも一際太い幹の立派な樹一本に目をつけて、目標を其処に定めた。

「…………、」

 神田が抜刀した。
 やる気になってくれたみたいで、何よりだ。

「行きますよ…………!」

 僕はそう宣言して、雪を蹴った。 







「っ!!」


 ガンッ!!

 
 盾越しに伝わる衝撃に、目を細めた。金属同士が軋み合いギリリ、と嫌な音がする。

 分かりきってたけど神田は強かった。
 斬撃自体はきっちりガードしていけば流石に貫通されはしない。…………ガードの及ばなかった所にはたくさん傷を貰ったけど。 
   
 力比べでは劣勢と判断したらしい神田が素早く飛び退った。
 
 だけど、このままでは負けもしないが勝ちもしない。それじゃ駄目なんだ。
 彼を手に入れるなら、引き分けじゃなくて勝利しないと。
 それが約束なんだから。


 ――――――ボウッ、


「!」

 神田の剣に炎が灯った。
 ケリを付けに掛かってきたと分かって、背筋が思わずすっ、と伸びる。背後の大木――――――この為だけにわざわざこの樹の「真下」に来たんだ――――――を意識した。 
 
 チャンスは一瞬にして一回。剣での一撃の間合いを計りそこなっても終わりだし、一回でもタイミングが合わなければそれまでだ。
 神田だって何度も同じ手になんて引っかかってくれないだろう。これは彼の油断に頼るような策だから。
 ――――――正攻法じゃ勝てない、なんて事は誰よりも僕自身が分かってた。

 神田が雪を蹴る。 

 チャンスは一瞬。
 彼の剣の先が僕に届かず、尚且つ気付いたとしても止められないところまで踏み込んできたその一瞬だけだ。

 瞬きすら忘れて、駆けて来る神田をじっ、と見た。 

 3、

 2、

 1、

    
 ――――――今だ!!



 ダンッ!!



 僕は、後ろ手で力任せに背後の大木を殴った!






 

 大方予想していた通り、あのモヤシは碌な攻め手を持っていなかった。
 パラディンだけあって堅く、切りかかっても防御に跳ね返されるが毎回完全に防がれたかというとそうでもなく。
 このまま続けば俺の勝ちには違いなかった。
 違いなかった、が。
 まるで雑魚か臆病者のように、チマチマ小さいダメージを与えていくなんざ俺の性質でもねぇ。
 大体、挑みかかってきた癖に防戦一方の情けない奴と何時までも戦っていても意味が無い。

 ――――――ケリ付けてやる。

 奴から一度離れて、構えを上段に取り直した。
 意識を刀に集めれば、応じて焔が刀身に纏わり着く。
 
 奴の背後には大木。
 自分から逃げ場の少ない場所に入るなど、愚か極まりない。
 間合いを詰める為に掛けて――――――そして唐突に、気付いた。
 
 笑みの形を作る奴の口許に。

 危険だ、本能が叫んだ。
 だが、最早身体を止める事は叶わず――――――


 ドンッ


 鈍い音と共に、俺の視界は白に染まった。








 枝に雪を大量に載せた樹。
 僕がやったのは、樹の幹を叩いて神田の上に雪を落とすっていう、まるで子供が悪戯でやりそうな事だ。
 だけどそれが大人が二人手を回したって届かなそうな程太い幹の樹なら、話が違う。載っている雪の量だって半端無い。
 狙い通り神田の上に落ちた雪。それは彼の姿を覆い隠してしまう程だった。
 勿論それだけで勝てる訳じゃない。

 だけど、ほんの数秒でも隙があれば、それは。

 雪に埋もれた彼に向かって走る。
  
 神田に動きはまだ無い。



 そして僕は、勢いを緩めないままに彼に向かって飛び掛った。 

 
 ――――――ドサッ


 僕自身に重量がなくても、鎧と盾まで含めたら相当になる。
 飛び掛った相手、神田の目が、驚愕の色を湛えていた。


「僕の、勝ちですよ」


 耳元にそう囁いて、それから、



 僕は神田の唇を奪った。








「おお? 珍しい取り合わせじゃねーか」

 酒場。
 マスターが、僕達を見てそう言った。

「そうですか?」
「あの時の以来以降お前らがつるんでんのなんざ、始めて見たぜ」
「…………。」
「そういえば…………そうですね。ああでも、これからは全然珍しくないですから」
「…………? 、…………!」

 僕がそう言うと、マスターが驚いた顔をして、それからニヤリ、って笑って僕と後ろのほうで仏頂面の神田を見比べた。

「成程なぁ…………いやはや、戴したもんだぜ!」
「わっ!」

 マスターに手加減無くバンバン背中を叩かれてちょっとつんのめった。
 
「そいつの歓迎に今夜は祝いのメシにするか!」
「それもそうね」
「マスター、何かある?」
「…………おい…………」

 騒がしくなった僕らに、神田が戸惑い気味な声を上げた。
 これから、こんなテンションにも慣れて行って貰わなきゃ。
 毎日の事なんだから。

「…………神田。改めて、」

 リナリーとラビがカウンターを覗き込んでいるのを背後に、僕は神田に向き直った。
 右腕を差し出して、笑う。

「宜しくお願いします。…………君と一緒に旅が出来て、嬉しい」
「…………チッ」

 舌打ちしながらも神田は、手を差し出してくれた。
 其の手をとって、それからその手の甲に口付ける。

「!」

 途端に手を引こうとするのを押し留めて、彼だけに聞こえる声音で囁いておいた。

「それから、覚悟していてくださいね。ただの仲間で終わるつもりはありませんから」





 ――――――「ヤマト」神田ユウ。
 BRSに、新規加入。





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