寝言、酔っ払いの戯言。
そう思うには、余りにもその内容が重すぎて動く事すら出来はしない。
『どうして俺だけ』
『俺だけ、生きて――――――』
『生き恥を晒して、何故お前は死ななかったのかと』
『臆病者の謗りを受けねばならないのですか』
戦場で散るは武士の本懐。
あの瞬間、俺はそれを果たせなかった事を悔いたのか、それとも。
一人取り遺された事を怖れたのか。
「…………」
指先で今だ眠ったままのモヤシの頬を拭う。
触れた微かな温度に、何を想っていいのかすら分からなかった。
意味等ない無意識に近い衝動に導かれるまま、奴の湿った頬を掌で包む。
眠りの中にあっても触れられたことは分かるのか、まるで子供が親に身を摺り寄せるかのように、俺の手に頬を押し付けてくる。
邪魔だ、と跳ね除けるのは簡単な筈なのに何故かどうしてもできなかった。いや自分から触れておいて邪魔も何もあったもんじゃない。
…………、こいつは、一体。
腹の中に、何を抱えているんだ。
得体の知れなさに思わず眉根を寄せた。
ぐんっ
「!」
瞬間、突然腕を引かれた!
バランスを崩し、見事に奴のベッドの上に転がる羽目になる。
「なっ…………」
こいつ、起きて…………!?
「んむ…………」
…………寝てやがる。狸じゃなければ、だが。
今度こそ振り解いてやろうと思ったが案の定掴まれた腕は一向に解放される気配がない。
寝ながらもこの腕力、馬鹿力め、と同じベッドの上に転がりながらモヤシを睨んだ。
人の腕を掴みながら、先程の涙は何処へ行ったと言いたくなる位安らかに奴は眠っていた。
…………。どうせ、起きやしねぇ。
もういい。今日は此処で俺も寝てやる。
「ん…………」
明るい。朝か…………。
「っ!」
目を開くと、ずきんっ、と頭が痛んだ。
な、何だろう?
「う、」
次の瞬間自分が嫌いなアルコールの匂いがよりにもよって自分からして、思いっきり顔を顰める羽目になった。
…………お酒…………。
「昨日、ラビ達が飲んでた奴…………?」
僕も、アレを飲んだ、のかな? 正直全く憶えてないけど…………。
二日酔い、というキーワードが頭から浮かんだ。それがどういうものなのかは実はよく分からない。僕の師匠はお酒大好きだけど、強くて二日酔いになるような人じゃなかったから。
だけどこの頭の痛み、全身の倦怠感、よく聞く二日酔いの症状だ。
…………今日はこれじゃ探索に出れないな…………。ラビはこんなのに効く薬は持ってるのかな?
それにしても…………神田に何言われるだろう…………。
神田の秀麗な顔がうんざりしたように顰められるのを想像して僕はちょっと凹んだ。
「…………ん」
「…………え?」
え? 今…………
人の声…………
恐る恐る、頭をそっちへ、声がした方へ向ける。
そこには、僕に背を向けている、黒い長髪の…………
そこまで認識して、僕は飛び起きて、お腹の底から叫んだ!
「ってええええええええ――――――!?」
な、なん、何で!?
何で神田が僕と一緒にっ!?
僕が叫ぶと、背を向けて眠っていた(と思う)神田が直ぐに起き上がり、思い切り僕を睨みつけた。
「…………うっせぇぞクソモヤシ! 朝っぱらから喚き散らすな!」
「な、な、な、」
震える指で神田を指しながら(失礼になるなんて考える余裕もない!)、僕は震える声で何とか台詞を搾り出す。
「ど、どうして、神田が、――――――、まさか、酔った僕が神田をベッドに引きずりこんで!?」
ああああ最低だ、絶対殺される!!
血の気が引いて、顔が紙のように白くなるのは自分でも分かった。神田はそんな僕に溜息を吐いて、
「引きずりこまれたのは事実だがテメェが今妄想してるような事はねぇ」
頭が痛そうに額を抑えた。
「んな目に遭わされたら今お前の頭と体が引っ付いてる訳ねーだろうが」
「…………、…………」
それは、そうだ…………。
今頃僕の頭と体はさようならしてるだろう。そんな事があったなら。
で、でも、じゃあ何で?
此処は僕の部屋だし…………
顔に出たのか、神田がうんざりした顔で(それは先程思い浮かべたのと寸分違わずだった)説明してくれる。
「テメェがラビの酒ぶんどって一気飲みしたからだろうが。その上沈没しやがって。ガキは大人しくジュースでも飲んでりゃいいんだよクソガキ」
「あ…………」
ああ、やっぱり僕、飲んだんだ…………
「ったく傍迷惑な野郎だな」
「あ、じゃあ、僕を此処まで運んだのが神田…………?」
「…………」
神田が無言で半目になる。
その無言の肯定にその場で深々と頭を下げた。
「お手数お掛けしました…………」
何ていう失態だ…………。
その辺の路地裏とかに捨てられてても不思議じゃない。
「あれ、でも…………何でそれで僕と同じベッドの中に…………?」
「テメェが! 人の腕を! 掴んで離さねぇからだろうが!! 挙句の果てに抱き枕にしやがって!」
今度は神田の怒りに触れたらしく、怒鳴られた。
思わず首を竦める。
「ったくこの馬鹿力、ガキの癖に力ばっかり強くなりやがって」
神田が目の前にかざした腕には、青黒い内出血の跡があった。
う、わ、
「ごめんなさい…………」
「チッ」
鋭い舌打ちをした神田はうんざりと首を振り、それから嫌そうに顔を顰めて僕を睨んだ。
「おい、風呂行け。お前酒臭ぇ」
「は、はい。あ、じゃあ一緒に」
「ぶち殺すぞ」
「…………はい…………」
眼光がプラス三百%増し位に鋭くなる。
「おい、今日はオフになるんだろうな」
「は、はい、そうします…………」
いくらなんでもこのままじゃ何の役にも立てそうにない。
オフにする事をリナリーとラビにも伝えないと…………
神田はベッドから降りてドアへ向かった。僕も慌ててベッドから降りてその後に続く。
「神田、本当にすいませんでした。あの、腕以外のところも大丈夫ですか? 僕力強いから…………」
「全身打撲みてぇだ」
言いながらドアを開き――――――そして思わず閉めた。
「…………おい…………」
「…………はい…………」
…………。でも部屋から出ない訳にも行かない…………
「お前先行けよ」
「分かりました」
言われて神田と場所を代わり、僕がドアを開く。
「…………、おはようございます、リナリー、ラビ」
ところで、何時からそこにいたんでしょうか…………。
「おはよう、アレン君、それから神田」
「いいお目覚めさ?」
にっこり笑った二人が、僕と、それから僕の後ろにいる神田を見る。
そしてラビが更に笑みを深めて、お決まりの台詞を言った。
「…………昨日はお楽しみでしたね!!」
ブチッ
…………あ。キレた。
怒鳴り声の予感に、僕とリナリーはさっと耳を塞ぐ。
「んな訳があるか、このクソウサギ――――――!」
神田の怒鳴り声が、宿全体に響き渡った。
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